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咲き誇る狂い咲きの真夏の桜たちを見渡しながら、アラシが透明な微笑を浮かべて言う。
「約束は…、約束よね…」
そんなアラシの呟きが聞こえたから、千秋が小首を傾げて。
「ん…?どうかしたのかな…?」
「いや…。やっぱり…約束は守らなきゃ…って。
確かに私は刺客だったわ…?だから、憎まれて当然だし…この期に及んで許してなんて都合の良いことは言えない。
だけど、約束は約束よ。それとこれとは別だわ?
ちゃんと、約束は守らなきゃ」
「約束…?って…?」
「あら。イヤだわ?忘れたの?
……ホタル…見せてあげる」
「え…?でも…神気を使い果たしたりしない…?
これでアラシちゃんが…その…どうにかなっちゃったら…、本当に意味が無くなっちゃうんだよ…?」
「判ってるわ?
私の為に、カノエさまが…。
だから、サクヤさままで…。
ノノさまがご自分の昇華より大切になさったもの…。
死ねない。
どんな事が有っても…。たとえこれからは私が命を狙われる立場になったとしても…。今だけは絶対に死ねない。
貴方も一度…命を救われた身なら…少しは判るんじゃないかしら…?
崩(コロ)されたって、死んでなんてやるもんですか。意地でも。
だって…そうでしょ?
生きる事でしか…ご恩返し…出来ないじゃない…?
だから…安心して…?
無茶は…しないから…」
「本当に?転移って…空間を扱う神通力なんだよね…?大きな力が必要なんじゃないの…?」
「ふふふ…。やーねぇ。私はこれでも、もう神なのよ?
さすがに災害とか反魂とかまでは今は無理になっちゃってるけど、転移なら…まだギリギリ大丈夫よ?」
「でも…。やっぱり危ないよ。別に…今夜じゃなくても良いんじゃないかな…?」
「いいえ。今夜じゃなきゃ…意味無いわ?
ノノさまが、夏の夜に咲かせた…狂い咲きの神の桜が散る前に…。
私…決めたの。
オオクニの神子という立場を捨てても…、そんな親の七光りなんかより…、自分の力で掴み取る。
母上の看病とか…私自身も毒薬を飲まされたりして…。
私、医術を学ぶわ?
神通力じゃなくて…この自分の両手を信じてみる事にする。
そして、こちらの御家の典医にお召し上げいただきたいの。
男の娘の私なら、性別を越えて適職じゃないかしら?
大丈夫よ?私は生きる。
だって、生きる希望が有るから」
アラシが、今まで隠していた本当の笑顔を輝かせた。
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