山の神 里の神

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教科書やノートを拾って、ランドセルに戻しながら少年が鎮守に話し掛ける。 「また山神さまとケンカしちゃったんですか…?」 すると、鎮守が怨めしそうに山を見上げつつ返す。 「俺は、子供は嫌いだ。 あと、聞き分けの無い女はもっと嫌いだ」 人里を守護する鎮守に対して、山の守り神としては女神が祀られており、この二柱の神はつがいとして夫妻神である。 「また…、ケンカしちゃったんですかぁ?」 「意味わかんねぇー。 便所でタバコ吸っただけで、なんであんなに怒んだよ。 出が良くなるんだよ」 「神様も…ウンチするんですね…」 「人間のとはちょっと違うけどな。 別に自分チの便所なら、好きにして良いと思わねぇ?」 「ど…どうなんだろう…?」 そんな会話をしていたら、麓から一人の青年が山道を登ってきた。 「あぁ。鎮守さま…。 どうも、こんにちは」 年の頃は三十前後。 やんわりした風情の優しい雰囲気の青年。 そんな青年に、鎮守が振り向いて。 「あぁ。千秋か。 久し振りだな。 なんだ?まだ売れない画家をしてんのかよ?」 すると、千秋と呼ばれた青年が、照れ笑いしながら返す。 「他に私が出来る事なんて、有りませんから」 「お前は、自分の殻に閉じ籠りやすいかんなぁ~…。 お前が思ってるより、お前の可能性はデッカイぜ?」 「そうなんですか…? でも…まぁ…、今に満足してるんですけど…?」 そこで少年が、控え目に鎮守に耳打ちする。 「鎮守さま…。 あの人…村で…変わり者って噂されてます…。 僕…、もう帰らなきゃ…。 あの人と仲良くしたら…、僕まで仲間ハズレにされちゃうよ…」 千秋はこの山村の風景を描く画家だったが、変わり者として村人たちから距離を置かれていた。 「好きにしろ。 だから、俺は人間が嫌いなんだ」 鎮守はフン…と顔を背けるが、千秋は少年に微笑み掛けた。 「おや。もしかして君は…?」 「ぁ…。どうも…」 彼は、警戒しながら千秋に返した。
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