第 1 章

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「於一、この先あなたは人の上に立つ立場になります。一人で考え、決めなければならぬことも多いでしょう。そんな時は自分を信じなさい。自分が見て、聞いたことを信じるのです。大丈夫、あなたならどこでも、どのような立場でも道を切り拓いていくことができますよ。迷うことがあれば、この菩薩様に手を合わせ問いかけなさい。きっと答えが見えてきます。」 そう言って、お幸は小さい菩薩像を手渡した。 いちも祖母の菊本と別れの挨拶を交わしていた。 「おばあ様、今まで育てていただいてありがとうございました。」 「姫様をしっかりお守りするのですよ」 「はい。おばあ様、お身体にはお気をつけて」 菊本は、はばかることなく泣いた。今まで育ててきた姫と孫娘が遠くへ行ってしまう。年老いた菊本はこの先二人がどうなるのか、不安でたまらなかった。 明朝、城への出立の刻限が迫るなか、お幸はいちを呼び、自分の部屋で二人きりの話をした。 「いち、今から話すことは絶対に口外してはなりません。もちろん於一にもです。いいですね。」 「はい・・・」 「於一は鹿児島のお城に上がったあと、江戸へ行くことは知っていますね。」 「はい。一の姫様ゆえに・・・」 藩主の家族は江戸城下の藩邸に住むことになっており、いちももちろん承知していた。 「江戸へ上ったあと、お殿様は於一を、上様になられる家祥様の御台所に推挙しようと考えておられるのです。」 「えっ?!」 いちは突然のことに言葉を失った。 「このことは、まだ島津家家中の方々には伏せてあります。ただお前には話しておきます。その心づもりであの子を支えて欲しいのです。そなたには苦労をかけるが、よろしく頼みます。」 「はい。かしこまりました。」 いちは三つ指をつき、深々と頭を下げた。 「もし、あの子に何かあった時はこれをお殿様にお見せするのです。それまではけっして開いてはなりません。いいですね。」 「はい、確かに。お母上様、長い間ありがとうございました。」 お幸は、いちの手を両手でそっと包み、静かにうなづいた。 「出立」 その言葉を合図に於一が乗った駕籠が住み慣れた今和泉島津邸をあとにした。 お城へ着くと、駕籠は表門へ入り、そのまま奥座敷がある二の丸車寄に止められた。いちに手をとられ、於一は駕籠から降りた。鶴丸城で奥を取仕切る老女、広川をはじめ10人あまりの侍女たちが出迎えた。
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