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「こちらでございます。」
於一といちは広い庭園を囲むような長い廊下を通り、部屋へと通された。
「しばらく、お待ちください。」
於一は上座に座り、いちはすぐ下座に控えて座った。部屋は質素な書院造りであるが、姫君の部屋らしく、品の良い調度品ばかりがそろえてあった。
「ここが私の部屋であろうか?」
「おそらく、そうだと・・・」
於一がもぞもぞしている。
「いかがなさいました?」
「う~ん、ちょっと打掛が・・・」
「姫様・・・。まずは打掛に慣れることですね・・・。」
いちはため息をついた。
「そうじゃな・・・」
於一はめずらしく気弱になった。これから自分はお城で何をすればよいのか、なぜ自分が斉彬の養女になったのか、今更ながら、事の次第がわからないからであった。
「いち、何故私はここにおるのであろう。」
「お殿様に、お側で働きたいとご自分で申し上げたからでしょう。」
「そうじゃな・・・」
二人の沈黙がしばらく続いた。
「待たされますね。」
今度はいちが不安になった。
「待つのもきっと仕事のうちじゃ。」
於一は自分にも言い聞かせるように、いちに言った。
「そうですね・・・」
部屋から見える庭の松が空に映え、青々と雄々しく植えられている。池の水も涼しげに水をたたえている。初夏の昼下がり、二人はあまりの心地よさにあくびをこらえるのに必死だった。
「失礼いたします。」
広川の言葉に二人は、「ハッ」と目が覚めた。
「ご家老様をはじめ、ご家来衆のごあいさつでございます。」
国家老をはじめ、藩の重臣たちが入れ替わり、立ち替わり、於一へ養女縁組の祝いを述べた。そのたび、
「うむ」「うむ」
とうなづいて答えた。正直、なんと言って返せばよいのかわからない。ただ、きちんと頷き、話を聞いているという誠意を少しでも見せれば、相手も嫌な気持ちはしないだろうと考えた。重臣たちの挨拶が済むと、今度は広川が侍女たちを一人一人、紹介していった。これにも於一は
「うむ」「うむ」
と頷いていたが、空腹と緊張で目が回りそうだった。
「一つ、いち殿」
侍女たちの紹介が終わると、広川がいちを「きっ」と見た。いちは「ビクっ」と背筋がこれでもかと思うほど伸びた。
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