第 1 章

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「こちらでございます。」 於一といちは広い庭園を囲むような長い廊下を通り、部屋へと通された。 「しばらく、お待ちください。」 於一は上座に座り、いちはすぐ下座に控えて座った。部屋は質素な書院造りであるが、姫君の部屋らしく、品の良い調度品ばかりがそろえてあった。 「ここが私の部屋であろうか?」 「おそらく、そうだと・・・」 於一がもぞもぞしている。 「いかがなさいました?」 「う~ん、ちょっと打掛が・・・」 「姫様・・・。まずは打掛に慣れることですね・・・。」 いちはため息をついた。 「そうじゃな・・・」 於一はめずらしく気弱になった。これから自分はお城で何をすればよいのか、なぜ自分が斉彬の養女になったのか、今更ながら、事の次第がわからないからであった。 「いち、何故私はここにおるのであろう。」 「お殿様に、お側で働きたいとご自分で申し上げたからでしょう。」 「そうじゃな・・・」 二人の沈黙がしばらく続いた。 「待たされますね。」 今度はいちが不安になった。 「待つのもきっと仕事のうちじゃ。」 於一は自分にも言い聞かせるように、いちに言った。 「そうですね・・・」 部屋から見える庭の松が空に映え、青々と雄々しく植えられている。池の水も涼しげに水をたたえている。初夏の昼下がり、二人はあまりの心地よさにあくびをこらえるのに必死だった。 「失礼いたします。」 広川の言葉に二人は、「ハッ」と目が覚めた。 「ご家老様をはじめ、ご家来衆のごあいさつでございます。」 国家老をはじめ、藩の重臣たちが入れ替わり、立ち替わり、於一へ養女縁組の祝いを述べた。そのたび、 「うむ」「うむ」 とうなづいて答えた。正直、なんと言って返せばよいのかわからない。ただ、きちんと頷き、話を聞いているという誠意を少しでも見せれば、相手も嫌な気持ちはしないだろうと考えた。重臣たちの挨拶が済むと、今度は広川が侍女たちを一人一人、紹介していった。これにも於一は 「うむ」「うむ」 と頷いていたが、空腹と緊張で目が回りそうだった。 「一つ、いち殿」 侍女たちの紹介が終わると、広川がいちを「きっ」と見た。いちは「ビクっ」と背筋がこれでもかと思うほど伸びた。
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