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「いち、すまぬが於一のところへ持って行ってやってくれぬか。今日はたしか小松様のお屋敷へ、肝付様のところの尚五郎さんと行くと言っておった。そなたも行けば何か面白い話でも聞けるかもしれぬぞ」
「はい、行ってまいります!」
いちはパッと顔が華やぐと急いで駆け出して行った。
「いちも姫様のおかげでおてんばになりそうで・・・。困ったものです」
菊本は大きくため息をつくと屋敷の奥へ入って行った。お幸は「まあまあ」と
肩を叩き、菊本を慰めた。
そのころ、於一は喜入領主 肝付兼善の三男、尚五郎とある男に会うために小松清猷の屋敷に向かっていた。二人の顔なじみの下級藩士西郷吉之助と大久保一蔵も一緒だった。
「於一様、肝付様、おいたちはここでお待ちしておりもんす。お二人だけで話を聞いてきてくだされ。おいたちのようなもんがこの門をくぐることはできもはん。」
大きな体と大きな目の西郷は恐縮気味だ。大久保も同様である。
「しかし・・・。」
尚五郎が考えあぐねていると、二人の若者が向こうから近づいてきた。
「おお、今和泉の於一姫と肝付のとこの尚五郎か。なんじゃ、おまいたちゃ、こげん薄汚れた下んもんを連れて遊びまわっとるとか」
と因縁をつけてきた。二人の口からは酒の匂いがプンプンしている。
「おまいたちも女子(おなご)の子分にされてかわいそかのお~」
二人は西郷と大久保にも言いがかりをつけてきた。
「今和泉の姫様に無礼でございましょう!」
於一たちにやっと追いついたいちが強い口調で言い返した。
「ふん、姫とは名ばかり、男の格好をして城下をウロウロしたり、女子(おなご)のくせして学問したり、おかしな姫じゃろが~」
「くっくっくっ」
ともう一人も皮肉っぽく笑った。
「おのれっ、言わしておけばっ」
尚五郎の拳は怒りでプルプル震えているが、当の於一は黙って二人の言いがかりを聞いていた。とそこへ
「何かイライラするこつでもございもしたか」
後ろに控えていた西郷がすっと前に出た。
「言いがかりをつけるなら、おいに言うてください。いつでもお相手いたしもす。おいの名前は西郷吉之助でごわす。」
と言うと、「ガッ」と目を見開き、二人に睨みを効かせた。あまりの目力に二人は圧倒され、たじろいた。
「く~っ」
「くっそが~」
と言いながらも振り上げた拳の下ろし先を見失った二人は、今度は鞘から刀を抜き、振り上げた。
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