8人が本棚に入れています
本棚に追加
「おのれ~」
一人が西郷に向かって刀を振り下ろそうとした瞬間、於一がいちの手からさっと木刀を抜き取り、西郷の背後から左側へ回り込むと一瞬で腰を入れ、刀を振り下ろした男の腕を下から上へ叩き上げた。
「バキッ」
と腕の骨が折れる音と同時に刀は宙を舞い地面へと突き刺さった。
「ぎえーっつ」
男は折れた腕をおさえ、土埃をあげながらのたうち回っている。もう一人の男は恐怖で足をガタガタ震わせていた。
「そちらのお方、今度は足でも砕いて差し上げようか」
於一が脅しをかけると、
「くそっ、おぼえていろ!」
とお決まりの文句を吐き捨てて逃げて行った。
「もう、西郷さん。あんな奴らに脅しをかけるなんて、危なっかしいなあ」
於一は振り向き苦笑いした。一瞬の出来事に皆、呆然としていた。もし、西郷が相手と刀を交え、怪我でもさせれば身分の違いにより、西郷だけがきっと罰せられる。それに正義感と忠誠心が厚い男なので自分が盾となり、他の者のために斬られるかもしれない。そう考えた於一は咄嗟の行動にでたのだった。
「於一様、また忠剛様に叱られまする。」
大久保が心配そうに声をかけた。
「なあに、あやつらは先君斉興様に心酔しとる奉行の次男坊、三男坊。出来が悪くて、弱いもんたちを困らせてばかりおるのです。悪者退治をしたのです。父上に叱られてもなんともありません。」
於一は土埃のついた袴をパンパンとはたきながら答えた。
「すごいですね。日本の女の人でもこんなに強い方がいるんだ」
清猷の屋敷の庭から外の様子を見守っていた総髪の若い男が、清猷と一緒に出てきた。
「ジョン万次郎・・・」
尚五郎は思わずつぶやいた。
嘉永4年1月、一人の男が久しぶりに日本の土を踏んだ。土佐沖の太平洋で嵐のため遭難し、アメリカの船に助けられ、約10年間をアメリカで過ごした。そのジョン万次郎が琉球に辿り着いた。報告をうけた斉彬により、薩摩の地へ呼ばれ、斉彬に謁見後、アメリカでの経験を家中に広めるため、清猷の屋敷に滞在しているのである。
皆は「はっと」二人に気づくと深々と頭を下げた。西郷と大久保、そしていちは地面に片膝をつき頭を下げた。
「こちらにジョン万次郎殿がおいでと聞き、お話を伺いとうて参りました。」
「なぜ、この者たちも来ておるのですか」
清猷は西郷と大久保を見て、於一と尚五郎に問うた。
最初のコメントを投稿しよう!