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1 ナカムラさんって
「痛っ!」
幾十個目の引っ越し段ボールを乱暴に開けた拍子に、爪を傷つけてしまった。薬指を口に含みながら、ため息をついているとチャイムが鳴った。
応える間もなく、二度目のピンポーン。急ぎの用事だろうか。
「はい?」
ドアを開けると、藍色の作業服の若い男が立っていた。
「お忙しいところ恐れいります!お隣の外回り工事をさせていただいている、サンガーデンの田口と言いますが、、」
大きな声とともに、名刺とタオルが差し出された。
「御丁寧にありがとうございます。ウチもまだ工事中でお騒がせしてますので、お気遣いなく。」
ゆっくりドアを閉めようとすると、男は続けて
社名入りのクリアファイルを差し出した。
「こちらは、当社がお隣のナカムラ様と、境界線を折半工事させていただいた場合のお見積もりでございます。ナカムラ様もぜひにとおっしゃっておりますのでいかがでしょうか。」
わたしはとっさに事情が飲み込めなかった。境界線?折半?ナカムラさんて?
男を前に、しばらく沈黙が続いたのち、
ようやく以前に聞いた、ハウスメーカーの※説明を思い出した。
※新しい家には、建て売りと注文住宅がある。建て売りは、駐車場やフェンス、門扉など外回りの工事が終わっている場合が多いが、注文住宅は、一般的に「外構工事」と呼ばれる、その一連の工事が必要になる。大工さんではなく、ガーデニングなどの専門店に発注しなければならない。もちろん、好きな会社に依頼できるし、自力で完成してもかまわない、、、。
その時、わたしと夫は、我が家の外構工事とやらの見積もりを見て愕然とした。駐車場150万、ガーデン100万、フェンス工事総額120万円也…。
さらに担当者は、
「フェンスはお宅の裏手、両隣様と一緒に宅地境界線の上に作れば“折半(半分)”の金額になり、お庭も広く使えますので、ご検討ください。なお、こちらは当社のお客様特別料金なので、他社に頼まれるよりお得ですよ。」
この説明にまた唖然。
左右と裏手、合計三件の見知らぬご近所と、いきなり何十万円もの交渉をするなんて。
そして現在。左隣は入居済み、フェンスなし。裏手は建築中、そして問題の右隣は家が完成し、そろそろ引っ越し、というタイミングだった、、、。
「お隣はナカムラさんとおっしゃるんですか?」
冷静を装いつつ、ファイルから書類を引き出しながら聞いた。
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