1   ナカムラさんって

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きっかり午前十時。   ガガガーッと地面を掘る音が、やかんのピーッという音に重なった。 コーヒーをいれようとしていたわたしは、あわてて火を消すと、隣家の様子を伺った。 我が家との境界線とおぼしき白線より、やや内側に作られた木柵。その柵に沿って掘削が始まっていた。スタッフは六十歳代ひとり、二十代ふたり、だろうか。隣家の前に停められた軽トラには、昨日の名刺と同じ「サンガーデン」のロゴ。 どうして…。 改めて打ち合わせをする間もなく始められた工事に、不満を覚える一方、出費を覚悟していただけに正直、助かった、とも思えた。 とりあえず!時計を再び確認すると、 目前に迫った締め切りを最優先に、再びモニターに向かった。フリーライターに甘えは許されない。 その夜。 あと少し、もう少し起きていたい!と、しつこく訴える幼稚園の娘をベッドに追い込むと、わたしは今日のできごとを夫に伝えた。 「良かったじゃん!」 夫は新聞を読みながらひと言で片付けた。 「お隣はSハウスだし、時々見る車もBMだし…。お金持ちなんだよ。」 「そうかな…」 「窓に警備会社のステッカーも貼ってあったし。」 リビングの片隅でパソコンをいじっていた長男もポソリと加えた。 「業者が来たのはあくまで、工事をしてもいいですかっていう、形式だったんじゃねえの。」 中学生のくせに。何を言うか。 息子の訳知りな台詞に腹がたったが、言われるとなるほどと思えてくる。成績はいまひとつなのに、こういうときだけ頭が回る。 三人でひとしきり議論は盛り上がったが、結局は“ナカムラさんはお金持ちでオトコ前”、ということに落ち着いた。 お隣が良い人に越したことはない。これでフェンス工事問題の一辺は解決したわけだし。 もし挨拶に来られたら、何て言おう。 いきなり「ありがとうございました」は変だし。 海外風にワインのウエルカムバスケットを持っていこうか、おすすめのお菓子をあげようか、自分が書いているスィーツ情報誌を贈るのは…。 こどもはいるのだろうか。大きな家だからきっといるだろう。 二世帯、なんてことはないだろうか。 楽しみ楽しみ。 左隣は共働きでほとんど顔を合わせる機会がないだけに、その時のわたしは、ナカムラさんの引っ越しを心待ちにしていた。
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