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いつのまにか、虫の音が冴えるようになった。
隣家の工事は着々と進んで行き、フェンスはとっくに仕上げられていた。
南側の庭はガーデンリゾート風、とでも言うのだろうか。鮮やかな西洋芝が敷かれ、オフホワイトに塗装された目隠し壁、背の高い観葉植物、小さなコテージのような木製物置が配されて、どの方向からも目線が気にならない設計になっている。
わたしはほんの少しの後ろめたさと、持ち前のお節介から、サンガーデンのスタッフに何度か差し入れをした。
時折、工事の様子を好奇心いっぱいに眺めている、三歳の娘の相手をしてくれるお礼の意味もあった。
初秋とは言え、まだまだ日差しは強く、皆はTシャツ一枚で朝から夕刻まで作業をしている。
ある日、冷たいスポーツドリンクを持っていったわたしに、
一番年長の男が言った。
「社長が言ってたけど、一度も見にこないんだってさ。ここんちの人。」
「え、庭をですか?そう言えば、わたしも見かけないかも」
「気になんないのかね。まあ、こっちは文句言われなければ構わないけど」
「お洒落に出来てるから大丈夫ですよ!」
「そうかね。ありがとうございます。」
初老の男は日焼けした顔に悪戯っぽい笑みを浮かべると、コップを戻して
「ごちそうさん!」
と立ち上がった。
ふうん、一度も来ないのか。
まあ、いまの時代、事前にかなりリアルに仕上がりがわかるけど、全くに気にならないのだろうか。
庭だから問題にしていないのか、今の家が遠いのか、単純に忙しいのか、しばらくあれこれ想像してみた。
工事中のご近所さんには、メジャーや分度器を片手に門扉やフェンスのチェックをしに、毎日通ってくる家もある。
ま、人それぞれだ。
細かくない、神経質でないのは大歓迎だ。
我が家の幼稚園児が多少騒いでも、息子がヘンな音楽を鳴らしても、無駄に音が響く吹き抜けも、大目に見てくれるかもしれない。
ナカムラさんへの好感度は、ますます高まっていった。
工事はそれからほどなく終了し、ついに総ては完成、入居を待つばかりとなっていた。
しかし、ナカムラさんはいっこうにやって来ない。
芝に茶色が混ざりはじめ、娘がどんぐりをポケットに持ち帰り、ハロウィンのかぼちゃはクリスマスイルミネーションに変わった。
朝晩めっきり冷え込むようになった。
そしてその日は…朝から雨だった。
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