1   ナカムラさんって

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季節はずれの台風が上陸すると予報は伝え、夜になると雨とともに風が強くなった。 午後八時。自転車が心配で外へ出た。 風に押されて、引っ越し祝いの細いオリーブの木が折れそうだ。 大丈夫かな…。添え木をしておかなきゃ。 どこからか飛んで来た「○○様邸 新築工事」のスチロールパネルを拾いつつ、雨に濡れながら自転車を移動していると、風と雨の激しいざわめきにまぎれて、突然、声が聞こえた。 「すみません…」 「?」 「すみません!」 車のドアを開けて、長い髪の女性が近付いてくる。 「隣のナカムラです…。ご挨拶に。」 額や頬にびしょびしょの髪の毛を貼り付かせたまま、彼女は紙袋を差し出した。 わたしは大声で応えた。 「とりあえず中に!ここは大変なので」 玄関に導きいれると、急いでタオルを探しに行き、 「拭いてください。」 笑顔で言うと、 彼女は申し訳なさそうに受け取り 「急にすみません。ご挨拶なので日を選ばなきゃと」 風にあおられて、今にも破れそうな紙袋を再び差し出した。 「由布院(ゆふいん)のお菓子です。どうぞ。」 びしょ濡れではあったが、大きな眼が印象的なきれいな人だった。トレンチコートの下は、胸元まで開いたブラウス。鎖骨がチラっとのぞいてみえる。 「ありがとうございます。あの…」 ポン♪そのときふいに着信音が鳴った。 彼女は慌てて、携帯をのぞきこむと 「あ、帰らなきゃ…ナカムラです。もうすぐ越してきますのでよろしくお願いします。今日は失礼します。日を選んでいたら今日になってしまい、ご挨拶が遅れて申し訳ありませんでした」 「いえ、とんでもありません。雨の中わざわざ…」 最後まで伝える間もなく、彼女はドアを開けて出ていった。 後を追いかけたが、急発進した車はライトの残像を残しながら雨の中に消えてしまった。 わたしは、テーブルの上に置いた紙袋を見つめていた。 お土産だろうか。 何をそんなに急いでいたんだろう。 聞きたいことがたくさんあったのに。 こんな台風の夜に来なくても…。 そっか、今日が大安吉日だから? だけど、そうだっけ? ふと、カレンダーを見ると、何となく嫌な予感はしていたのだが… その日の暦は「仏滅」だった。
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