1   ナカムラさんって

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帰ってきた夫にお菓子の包みをあけながら、 ナカムラ夫人の来訪を話すと 「会社で出張に行ってたんじゃないの。家にいない人なんだよ。」 「でもわざわざ雨の仏滅に“日を選びました”って来るかな…」 「大安の前日は仏滅だろ、日にちを間違えたとかじゃないの?」 夫はこういうことを全く気にしない。ものごとの表層だけを捉えて単純に生きて行く。何事にもかかわらず、トラブルもないかわりに人間関係も希薄だ。他人と深いつながりを求めるわたしとは真逆のタイプ。ナカムラ夫人の不思議ちゃんぶりをいくらに説明しても無駄だろう。 紙袋の中身は読み通り、ゆふいん名物「ぷりんどら」だった。 地方銘菓の情報誌の仕事をしている関係で、何度かパッケージを見かけたことがある。甘さ控えめのどら焼きに、ほろ苦いカラメルソースのプリンをはさんだ、お取り寄せでも人気のスィーツだ。 長男の部屋にどら焼きを持っていくと、狭いベッドに腰掛けた。だいたい母親にここに座られると、説教か何かの相談と決まっているので、彼は面倒くさそうにイヤホンをはずした。 参考までに、八月生まれの彼の名は「映人(えいと)」という、長女は九月生まれで「個子(ここ)」だ。 「ナカムラさんとは、それで全然話してないの?これ、もらっただけ?」事の顛末を聞くと、映人は指を舐めながら言った。 「けど、うまい!このカステラ。もう少しちょうだい。」 「いいけど…。“ぷりんどら”って言うんだよ。もっと味わって食べようよ。 ねー、ナカムラさん、急に来て、突然帰っていくのヘンじゃない?家族の話もしないんだよ。」 「いいよ、そんなの。ウチには何も迷惑かかってないんだから。忙しい家なんじゃねえの。早くどら焼き、どら焼きどら焼き」 はぁ?。 どら焼きを連発するヤツにこれ以上何を相談しても無駄だ。 ま、いいや。ぷりんどら、食べようっと。 一度食べてみたかったし。 きっと都内の地域振興イベントかなにかで購入したのだろう。 おいしい…。 だけど箱が雨に濡れたせいか、今夜が寒いからか、ちょっと冷たい。 室温に戻したほうが、プリンがとろける感が味わえるかも。 皮のしっとり感、あえて苦めのカラメルソース、とろっと口どけるプリン。 二個目を手に取りながら、 「少し不思議だけど…ナカムラさんてセンスいいかも」 わたしはそう感じていた。
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