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だがそれもほんの一瞬のことで、おりんは静かに眼を閉じると、いつでも以蔵の全てを受け入れた。
ごつごつとした指を、白く柔らかいおりんの胸元に、乱暴に潜り込ませる。
あふっと、おりんの口から声にならない吐息が漏れる。
これで今夜も怯えずに眠れる――以蔵の裡に安堵が広がりかけた瞬間――。
「こそこそと逃げ回ってるクセに、お盛んなことじゃの」
焚火の向こうから、揶揄するような声が聞こえた。
「――――ひぃゃ!な、ななな、なんじゃ!…だ、誰だれ、ぜよ!」
突然のことに、裏返った声で虚勢を張るのが精いっぱいだった。
慌てふためき、這うようにして無様に刀を探す。
「ワシじゃ。ワシじゃよ。惚けなや」
焚火を回り込むように、ゆらりと、ひとりの浪人者が姿を現した。
「久しぶりじゃのぉ『骸の以蔵』。よう生きちょったぁ」
「…む、むくろのいぞう?わしのコトか?…お、おまんは…誰ゼよ?」
「なんじゃ忘れちょるのか以蔵よ。おんしはつくづく――」
失敗作じゃ――と、男は以蔵を一瞥し、下卑た蛙のような笑みでおりんを舐めまわした。
その視線を受け、おりんは胸元を正すと以蔵の背後に身を隠す。
「し、し、失敗とはどういう意味じゃ?」
「ワシも火にあたらせてくれんかのぉ。手が悴んでしもうて、これじゃ剣も握れん」
にたりと、嗤う。
思い出した。その以蔵を馬鹿にした嗤い。
「――は、支倉か?」
返事も待たず火の前に、どかりと腰を降ろすと、
「白湯もらうかの」
と、勝手に鍋から湯を掬い、啜り始める。
「こりゃぁたまるかぁ。ほんに温ったまるのぉ」
と、残った魚にも手を伸ばす。
二人はその姿に、呆気にとられ黙って見つめるしか出来なかった。
「そうじゃ、そうじゃ。土産じゃ、みやげ」
と、いきなり一抱えもある石のようなものを放った。
「――――ひっ!」
思わず受け止めてしまったそれは、朽ちた頭蓋骨だった。
以蔵はそれを投げ捨てた。
「罰当たりじゃのぉ。古兵のなれの果てじゃぞ」
敬わんかと、嗤うと今度は脇に置いてあった鉄なべのようなものを、以蔵に投げてよこした。
それは――錆びついた兜だった。
「こ、こげなもん…」
もらっても困ると、以蔵は言った。
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