1人が本棚に入れています
本棚に追加
「おまん、戦国武者に憧れちょる言うちょったろ。どうせ虫けらみたいな身分なら、足軽でもなんでもええから、長宗我部の旗の下で戦場を駆け廻ってみたかった――って言うちょったも忘れたか?」
「…わ、わしがか?」
「――そう『以蔵』が言ちょった」
以蔵――自分・・・が確かに言ったのか。
言った・・・そう、言っていた。と、思う。
「まぁ、細かいこと気にすなや」
支倉がにたりと、嗤う。
「そう言えば、お前んになってから、何人斬ったんじゃったかの?」
「な、なにを言い出すんじゃ」
「三人?いや二人かの?」
「――じゅ、三五人じゃ…」
「そいは、全部合わせてじゃろが」
「…ぜ、全部もクソも…道理が解せぬ」
以蔵が初物を斬ったのは文久二年の夏。大阪のことだ。吉田東洋暗殺を探る下横目を斬ったのが始まりだった。
それ以来、以蔵が剣を振る理由――全ては土佐勤王党を護るため。
更にいえば、党首である武市半平太を護るためだった。
闇討ち。
暗殺。
複数で無抵抗の相手を斬ることも一度では無かった。
全ては明日の国の為――。
ただひたすらに、熱弁を振るう武市の言葉に酔い、剣を振った。
「以蔵、おんしはワシの代わりに、己が血肉を削って剣を振ってくれているんじゃ」と、武市は涙を流して以蔵を抱きしめた。
返り血で汚れる以蔵を、ひしと抱きしめてくれた。
「こんな形でしか感謝できん」と、両手いっぱいに金を握らせた。
以蔵は嬉しかった。
武市だけが自分を認めてくれる。
武市だけが自分を褒めてくれる。
それだけで以蔵は満たされた。
「傷を洗わにゃの」と、武市はその金で以蔵に酒を呑ませた。
「穢れを落とさにゃいかん」と、女も抱かせた。
土佐に居たころは想像もつかないような贅を以蔵に教えた。
そして以蔵は再び剣を振るい、武市の為に人を斬った。
それを正義だと信じて。
だが、いつからだろう。以蔵が剣を重く感じ始めたのは。
「ふむ。おかしな話じゃの。おんしも憶えていたはずなんじゃが…」
やはり出来損ないかと、支倉は嗤った。
「そ、それより武市先生はどうしちょるんじゃ?」
昨年の夏に国許に戻されて以来、武市の安否は以蔵には分からなかった。
「――――それじゃ。それが問題なんじゃ」
支倉はやにわに立ち上がった。
「ワシが、おんしを探してこんなところまで来たんは、まさにそのことなんじゃ」
最初のコメントを投稿しよう!