以蔵鬼哭

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「おまん、戦国武者に憧れちょる言うちょったろ。どうせ虫けらみたいな身分なら、足軽でもなんでもええから、長宗我部の旗の下で戦場を駆け廻ってみたかった――って言うちょったも忘れたか?」 「…わ、わしがか?」 「――そう『以蔵』が言ちょった」  以蔵――自分・・・が確かに言ったのか。  言った・・・そう、言っていた。と、思う。 「まぁ、細かいこと気にすなや」 支倉がにたりと、嗤う。 「そう言えば、お前んになってから、何人斬ったんじゃったかの?」 「な、なにを言い出すんじゃ」 「三人?いや二人かの?」 「――じゅ、三五人じゃ…」 「そいは、全部合わせてじゃろが」 「…ぜ、全部もクソも…道理が解せぬ」 以蔵が初物を斬ったのは文久二年の夏。大阪のことだ。吉田東洋暗殺を探る下横目を斬ったのが始まりだった。  それ以来、以蔵が剣を振る理由――全ては土佐勤王党を護るため。 更にいえば、党首である武市半平太を護るためだった。    闇討ち。  暗殺。  複数で無抵抗の相手を斬ることも一度では無かった。  全ては明日の国の為――。  ただひたすらに、熱弁を振るう武市の言葉に酔い、剣を振った。 「以蔵、おんしはワシの代わりに、己が血肉を削って剣を振ってくれているんじゃ」と、武市は涙を流して以蔵を抱きしめた。  返り血で汚れる以蔵を、ひしと抱きしめてくれた。 「こんな形でしか感謝できん」と、両手いっぱいに金を握らせた。  以蔵は嬉しかった。  武市だけが自分を認めてくれる。  武市だけが自分を褒めてくれる。  それだけで以蔵は満たされた。 「傷を洗わにゃの」と、武市はその金で以蔵に酒を呑ませた。 「穢れを落とさにゃいかん」と、女も抱かせた。  土佐に居たころは想像もつかないような贅を以蔵に教えた。  そして以蔵は再び剣を振るい、武市の為に人を斬った。  それを正義だと信じて。  だが、いつからだろう。以蔵が剣を重く感じ始めたのは。 「ふむ。おかしな話じゃの。おんしも憶えていたはずなんじゃが…」 やはり出来損ないかと、支倉は嗤った。 「そ、それより武市先生はどうしちょるんじゃ?」 昨年の夏に国許に戻されて以来、武市の安否は以蔵には分からなかった。 「――――それじゃ。それが問題なんじゃ」 支倉はやにわに立ち上がった。 「ワシが、おんしを探してこんなところまで来たんは、まさにそのことなんじゃ」
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