二章 あいたかったの。

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「降りるぞ」 かさねを抱えたまま、逢鬼は木の枝から土の地面へと飛び降りる。かさねは言葉にならぬ悲鳴をあげながら、ぎゅっと逢鬼にしがみついた。彼は何事もなく降り立つ。そこは村の入り口だった。 「…おい、そんなにしがみつくな。下ろすぞ」 「う、はい…」 逢鬼はかさねをゆっくりと地面に下ろした。彼女はというと一連の出来事に体が追い付いていないのか、地面に下ろされるとそのままへたりこんでしまった。 「どうした」 「ごめんなさい、あの、吃驚しちゃって。はは…」 人に抱えられて木々を飛び移る経験など、平穏に生きてきたかさねにあるわけがなく、かさねは何ともないというふうに笑って見せるものの、その笑顔はどこか疲れているようにも見える。逢鬼は溜息をつきながら、彼女の細い腕を掴み、引っ張りあげて立たせる。 「あ、ありがとう。逢鬼さん」 「しっかりしろ」 かさねを叱咤する逢鬼。言い方は突っ慳貪ながらも、その根本には優しさがあるように思えるのは、かさねの思い込みにすぎないのだろうか。かさねは、彼の優しさを信じていた。そんなところに、こちらへ駆けてくる足音がする。 「逢鬼様!よくお越しくださいました!…逢鬼様、その娘殿は…?」 年は二、三十くらいだろうか。年嵩なのだろうが変に若々しく見えて、よく分からない。神社の神主が着ているような白い装束を身に纏っている。怪しんでいると言うよりは、不思議そうにかさねを見ている。かさねはこくりと頭を下げる。 「翡翠。彼女は迷い子のかさねという。かさね、彼は御逢神社の神主であり、捩れ椿の村の長である翡翠だ」 「迷い子、ですか…」 「ああ。行く宛がないらしい。お前のところで預かってやってほしい」 「それは構いませんが…何やら異様な風体をしていらっしゃいますね、かさね殿」 翡翠は澄んだ目で、かさねを射ぬく。なにも悪いことをしていないというのに、その鋭い眼差しに射ぬかれると、かさねは居心地悪く思えて仕方がないのだ。なんだか、責められているような気がする。 「彼女は時空のねじれに巻き込まれ、未来から来たらしい。この風体も仕方のないこと」 「そうでしたか。やはり逢鬼様はお優しい」 「勝手なことを言うな。森で死なれると困るだけだ」 逢鬼は刃物のように鋭く、冷たい物言いで言った。
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