第1章 命を唄う小鳥たち

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風がそよぐ。木々の間を駆け抜ける風に誘われ、木の葉がざわざわと囁いた。地面に深く根を生やし、荘厳な雰囲気を醸し出す大木が、森の中央に一本だけ木々から離れて立っていた。 その木はなんとも言い難い神秘性を秘めていた。畏れ、奉るべき存在と言えばいいのだろうか。立派な面構えをしたその大木は、空を覆うように枝を伸ばし、その枝には青々とした葉を繁らせている。 その大木の立派な枝に、一人の異形の青年が座っていた。 白銀の髪を風に靡かせ、額には二本の角。藍色の衣を纏った青年は、およそ人間には見えなかった。 鬼。人に畏怖される存在。 「…………」 青年は、静かにその目蓋を開く。 そこから覗くのは血のように赤黒い眼。その目は空虚だった。この世の全てに興味がない。赤い目は、そう訴えていた。 しかし、一陣の風が青年を取り巻くように吹き、それは旋風となって天へ上っていった。風に煽られ、葉はなす術なく散っている。 木の葉が舞う中、青年はすっとその場で立ち上がる。静かに、周囲に視線を巡らせる。 気配がするのだ。何か異様なものの、気配が。 盆に満たされた水がこの世界だとしたら、この気配は水に沈んだびいどろ玉。世界に落とされ何気なしに順応しつつも、強烈な違和感をもってその存在を主張する。 人には感じ取れないであろうこの気配。人ならざる存在であるからこそ知覚できる、儚げで今にも消え入りそうな気配。 そして少しの、懐かしさ。 青年は枝から飛び降り、草が繁る地面に着地した。そしてまるで風のような速さをもって、駆け出していく。 木々の間を縫うように素早く、裸足で駆ける。今さっき夕暮れを迎えたこの森はやや薄暗く、枝葉が覆い繁り夕陽も差さない。そんな中で青年は、惑うことなく気配に向かって走る。 幾分か走ったところで、少し開けた場所についた。透き通り底が見える川が近くを流れ、清廉なせせらぎを周囲に聞かせている。 そんなところに、人間が倒れていた。 青年は臆することなく歩みより、観察するように眺める。 年端もいかぬ少女だった。その目は閉じられ、今は眠っているようだ。華奢に見える肉体には、黒い装束を纏っていた。この辺りでは見たこともない形、作りをしている。西洋の着物だろうか。襟元には赤い布が装飾されており、足には黒く、脹ら脛まで包む足袋のようなものを履いている。 この少女は何者だ。
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