二章 あいたかったの。

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「あの、村…ですか?」 「そうだが…お前は海の向こうから来たのか?」 かさねは改めて青年の姿を見る。 藍色の甚平に似た着物を纏っている。確かに祭りなどでは見かけるが、このようなところへ来るのに甚平だけという装いでは心許ないのではないだろうか。それとも、此処ではこういった着物を着るのが常識で、自分が世界の理から外れてしまっているのだろうか。 かさねは、恐る恐る震えながら訊ねる。この問いの返答により、自身が狂ってしまったのではという恐れがあるからだ。 「あの、今は何年でしょうか…」 「そうだな、大体千五百のはずだ。詳しくは忘れたが」 「せ、せんごひゃく…!?」 青年は至極真面目で、嘘を言っているような様子はない。その赤い目も真摯なものだった。 かさねは脱力する。全身から力が抜けたような気がする。焦りやら不安やら、負の感情がない交ぜになり、胸が潰れてしまいそうだ。 目が覚めて異様な光景が見えても、同じ日本ならばいつかは帰れると希望を持てた。日本じゃないにしても、同じ世界に居るのなら大丈夫だと。しかし、時代が違えば、帰れる希望などありはしない。 どうすれば、いいのだろうか。 今此処に居るのは、かさねと謎の青年しかいない。言い替えれば、この場で頼れるのは彼しかいないのだ。 「あの、私、どうやらタイムスリップしたみたいで」 「たいむ…なんだ、それ」 「えっと…今より五百年以上先の未来から来たみたいなんです、私」 「そんな戯言を信じろと言うのか」 かさねがすがるように発した言葉は、青年の刃のように鋭い言葉で一刀両断されてしまった。その返答を予測出来ていたというのに、思った以上にかさねは落胆していた。なんとなくだが、この人は信じてくれるだろうという楽観的な気持ちがあったのだ。 彼から見ればおよそ不審者でしかないであろうに声をかけてくれた。その優しさの上で胡座をかいていたのだ。 何故こんなに悲しいのだろう。 初めて会った人に無茶なことを言って、信じてもらえなかっただけなのに。 がっくりと肩を落としつつ、かさねは呟いた。 「ほら、人に言うって書いて信じるって読むじゃないですか。だから言ってみようかなって」 そう言って、かさねは笑った。その場に似合わぬ、優しくて柔らかい笑みだった。青年は暫くその笑顔を見つめ、やがて口を開いた。
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