第1章

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都心のとある大通りにて――。 金曜午後11時。 そろそろ電車も終わりだが、まだまだ夜はこれからだぞ、と酔っ払いたちが道に波線を描く。 酔客に混じってサラリーマン風の男が手を上げていた。 【Zタクシー】 という行灯を屋根に載せたタクシーがチッカチカとハザード点けた。 タクシーは距離をだいぶあけて停まった。10mは手前なのだが停車したまま動かない。 まるで値踏みしているように。 苛立った男が上げた手を左右にふると、タクシーはようやく男の前に停まった。 「へーい。どちらまで?」 気だるげな声が投げかけられた。 運転手は腫れぼったい顔をしていた。厚い目蓋が死んだ魚のような目をなおさら重たく見せている。顔中に小さなアザがあって、それが、太った鼻まわりに厭らしくこびりついていた。しばらく洗っていなさそうな髪が制帽からはみ出ている。 車内は何ともいえない嫌な匂いで充満していた。週末まで放っておかれたゴミ袋のような匂いだった。 男は一瞬躊躇した。 幸い、シートはとても綺麗だった。つい先ほど張り替えたと言わんばかりにゴミ一つ落ちていない。 窓さえ開ければいいか、と男は考え、後部座席に乗り込んだ。 「○○○町まで」 「それだと山を一つ越えちまいますが……」 運転手は口を開けたまましばらく停まって、 「かまいませんよねえ?」 とねちっこく訊いた。しかし、男は目的地に行くために山道を通る他ないのは知っていた。 「ああ」と男が返事をするとタクシーは猛烈に走り出した。女性に背中を引っ張られているかのような加速だった。 「危ないじゃないか!」 男は驚いて言った。 「もっと丁寧に走ってくれよ」 「すいませんね、ちょおっとばかり、その、調子が悪いもんでねえ」 「車の?」 「いいえ。わたくしの、です」 不気味な言い回しに、男はゾっとした。ちょっとマズいな、と思ったが、車はすでに都心を離れてしまっていた。 「ニュースをつけて、よろしゅうござんすか。へっへっへ」 「あ、ああ」 男が曖昧に頷くと、ヒビ割れたスピーカーが喋り始めた。音楽が数秒だけ流れ、続いて、アナウンサーがヒビ割れた声で喋り始めた。 『今日、午後9時ごろ、××駅近くの路上で、殺害された女性の遺体が発見されました』
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