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都心のとある大通りにて――。
金曜午後11時。
そろそろ電車も終わりだが、まだまだ夜はこれからだぞ、と酔っ払いたちが道に波線を描く。
酔客に混じってサラリーマン風の男が手を上げていた。
【Zタクシー】
という行灯を屋根に載せたタクシーがチッカチカとハザード点けた。
タクシーは距離をだいぶあけて停まった。10mは手前なのだが停車したまま動かない。
まるで値踏みしているように。
苛立った男が上げた手を左右にふると、タクシーはようやく男の前に停まった。
「へーい。どちらまで?」
気だるげな声が投げかけられた。
運転手は腫れぼったい顔をしていた。厚い目蓋が死んだ魚のような目をなおさら重たく見せている。顔中に小さなアザがあって、それが、太った鼻まわりに厭らしくこびりついていた。しばらく洗っていなさそうな髪が制帽からはみ出ている。
車内は何ともいえない嫌な匂いで充満していた。週末まで放っておかれたゴミ袋のような匂いだった。
男は一瞬躊躇した。
幸い、シートはとても綺麗だった。つい先ほど張り替えたと言わんばかりにゴミ一つ落ちていない。
窓さえ開ければいいか、と男は考え、後部座席に乗り込んだ。
「○○○町まで」
「それだと山を一つ越えちまいますが……」
運転手は口を開けたまましばらく停まって、
「かまいませんよねえ?」
とねちっこく訊いた。しかし、男は目的地に行くために山道を通る他ないのは知っていた。
「ああ」と男が返事をするとタクシーは猛烈に走り出した。女性に背中を引っ張られているかのような加速だった。
「危ないじゃないか!」
男は驚いて言った。
「もっと丁寧に走ってくれよ」
「すいませんね、ちょおっとばかり、その、調子が悪いもんでねえ」
「車の?」
「いいえ。わたくしの、です」
不気味な言い回しに、男はゾっとした。ちょっとマズいな、と思ったが、車はすでに都心を離れてしまっていた。
「ニュースをつけて、よろしゅうござんすか。へっへっへ」
「あ、ああ」
男が曖昧に頷くと、ヒビ割れたスピーカーが喋り始めた。音楽が数秒だけ流れ、続いて、アナウンサーがヒビ割れた声で喋り始めた。
『今日、午後9時ごろ、××駅近くの路上で、殺害された女性の遺体が発見されました』
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