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「え?」
やつは本を差し出した状態で、いぶかしげな表情をする。本をちらりと一瞥して、わたしは大仰に言った。
「その本はわたしが薦めたものだ」
「あ、そうなの?」
以外にも軽いリアクションにちょっとばかり拍子抜けしていると、おもむろにやつが口を開く。
「この本、俺が本を好きになるきっかけだったんだよね。だから、ありがとう」
こいつにも、礼が言えたのだな。先ほど感じた不安がやや薄れる。
「ねえ、今凄く失礼な事考えてなかった? ていうか、顏に出やすいって言われない?」
「お前は先代とは似ても似つかんな。デリカシーというものが無いのか」
「そんな古風な口調で、突然デリカシーとか言わないでくれないかな」
お互い黙り込み、同時にくすくすと笑いだす。こいつは、先代とは似ても似つかんが、先代とはまた違った面白さがある。先代に、わたしが座敷童だということが何故知られていたかは分からないが、まぁいい。
「決めた」
「ん?」
こいつのばかっ面を見ているのも悪くない。
「実をいうとな、今日か明日にでも、この店を出て行こうと思っていたのだが」
「え、それはちょっと困……」
「話を最後まで聞け」
口を挟んだやつをいさめ、静かになったところで続ける。
「やめにする。お前がこの店をどうするか、見物するのもまた一興。……別にわたしが居なくなったら閉まるだろうとか、そういうことを心配して言ってるんじゃないからな。お前にこの店を任せていいものか、不安だから居てやっているだけだ、感謝しろ」
言葉を締めくくると、やつは案の定、あのへらへらした顔で口を開いた。
「ありがと。心配してくれて」
ほら見ろ、ろくなことを言わない。
「で、君の名前を聞いてなかったね。教えてくれる?」
「名前など無い」
「えー」
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