1.雪兎マフラー

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「くしゅんっ」  一つ小さく、くしゃみをして、僕は公園のベンチに腰かけた。秋の中ごろで、普通の人にとっては少し肌寒いこの季節だけど、寒がりの僕にとっては、極寒だ。死にそうだ。 「お前、まだこの街にいたのか」  偉そうな、久々に聞く高い声に、僕は勢いよく立ち上がる。 「座敷(ざしき)ちゃん! 久しぶりだね!!」 「五月蠅い。黙らんか」  ぺしっと腕を叩かれて、少しだけ落ち着きを取り戻す。 「痛いなぁ。手加減してよ」 「お前が軟弱なんだ。男のくせに」 「だって、寒いし」  思わず口をとがらせると、座敷ちゃんはにやりと笑う。 「……冬の生き物なくせに、寒がりとはどういうことなのか、わたしはいつも気になって仕方がないんだがな」  だって、しかたない。寒いんだもの。 「座敷ちゃんは、相変わらずあの本屋に居座ってるの? 大丈夫? あそこ、店主さんが亡くなったって聞いたけど」 「まぁ、あいつも人間だしな。わたしより先に逝くことは分かっていたさ。というより、わたしたちに逝くという概念があるのかどうかが疑わしいが」 「……ひょっとして座敷ちゃん、本屋の店主さんのとこでもそんな風に偉そうな口を聞いていたんじゃ」 「ん? なにか問題でも?」  眉を上げた座敷ちゃんに、僕は急いで首を振る。いいよ、どうせ僕は弱虫だ。ウサギは弱虫なんだ。しかたないじゃないか、寒いんだもの。半ば拗ねたようにして、その日は座敷ちゃんと別れた。  座敷ちゃんは、なんだかんだ言いつつ、やっぱり悲しくて寂しかったんだと思う。店主さんとは親しかったし、友人のように接していたから。寒がりな僕は、人間とそんな風に過ごせる彼女が羨ましい気持ちがあった時期もあった。今は、寒がりより怖がりの方が強いから、そうでもないけど。
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