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「先生、この本返したいんですけど」
「ええ、わかったわ」
本を受け取って、題名を確認する。それは、わたしが昨日薦めた童話だった。もう、読んでしまったのか。
「はい、これ。元の場所に戻しておいてね」
「わかりました」
本を渡すときにも、ちゃんと気を付けたハズだった。生徒の手に、間違っても触ることのないように。赤い糸を、見る事の無いように。
「っ!?」
思わず、持っていた本から手を引いた。一瞬だけ、見えてしまったのだ。彼と、図書室の端で本を読みふける、女子生徒とをつなぐ赤い糸が。
「先生?」
「大丈夫よ」
慌てて返事をして、本を拾い上げる。手を差し出している生徒を無視して、口を開いた。
「この本は、先生が元の場所に戻しておくわ。なんか、読みたくなっちゃった」
「ハッピーエンドなのに?」
言葉に詰まる。変に頭のいい生徒はこれだから……。
「たまにはいいじゃない」
苦し紛れにそう返すと、それ以上は何も言ってこなかった。
なぜ、あのとき赤い糸が見えたのか、いまだに分からない。手に触れたわけじゃないのに。もしかしたら、近づくだけで見えるようになってしまったのかもしれない。でも、今朝は触れるまで見えなかったのに。
昨日から出しっぱなしの童話を恨めしそうに見やる。
「ハッピーエンドなんて、そう簡単に、綺麗に手に入ったりしないのに」
ハッピーエンドの裏側には、いつもバッドエンドがある。両想いで幸せになる人がいる一方で、自分なんて見えずに迷って、玉砕するのが怖くて怯える。そんな自分が嫌いで、情けなくて。だから、ハッピーエンドなんて、嫌い。
しゃがみ込んで、膝の間に頭をうずめる。
人の糸は見える。けれど、自分の指にはなんの糸も巻き付いていない。それは、自分には恋愛が出来ないということだろうか。それとも、自分の糸を見ることは、自分の運命を見ることはタブーだと、そういうことなのだろうか。
いずれにせよ、どうなるか分からない。そんな未来の方がいいに決まってる。
「醜いアヒルの子は醜いままで。シンデレラは虐められるまま、白雪姫は蘇らない」
そんな物語なんか、面白くない。切なくて、でも綺麗な物語であるべきだ。自分の糸が見えなくたって、相手を探せばいい。たとえば、そう。自分の方向へと伸びる、自分の小指に繋がっているであろう誰かの糸を、諦め悪く探すとか、ね。
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