6.おもひでのかほり

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「ねえ、ほんとに行くのかい?」  雨粒が車の窓ガラスを滑り落ちていく。バンパーがその度に雨粒を掬い取っていくが、雨はどんどん勢いを増していくばかりだ。 「今更だよ、叔母さん。大体、じいちゃんの店を継ぐことにも反対してなかった叔母さんがなんでそんなことをここで言うの?」  運転席に居るおばさんを、茶化すように軽くあしらう。もう、決めたことだし、叔母さんも本気で引き留めようとしているわけじゃないだろう。ふと、外を見やって話を逸らす。 「今日は、読書日和だねぇ」 「土砂降りで、外で遊べないから? 小学生じゃあるまいし」  ふっと笑う叔母さんに、思わずため息をつく。 「んなわけないでしょ。湿気でページがめくりやすいからだよ」 「……樹(たつき)は、ほんとに本馬鹿よねぇ。いい年して、彼女の一人もいないなんて。大丈夫かしら」 「本好きなのは今に始まったことじゃないよ。それに彼女だって、いたことあるし」 「高校生の頃ね。一カ月の短い夢だと思って忘れなさい」  ……一カ月の夢って、長い方だと思う。なんて、屁理屈を言っても無駄だろう。俺はちらりと時計を見た。もうすぐ、2時になる。 「叔母さん、じいちゃんの店って、じいちゃんが死んでから放置したままなの?」 「え? そうだね、そうなるかな」 「……ちなみに、じいちゃんはこまめに掃除するタイプだった?」 「そんなわけないじゃないか」  だよね。予想はしていたものの、返って来た返事に、半ばやけくそ気味で覚悟を決める。きっと、中は埃だらけだ。若干、後悔しつつ、膝に置いた本に目を落とした。タイトルを見た瞬間、その後悔はかき消えた。  そうだ。俺には知りたいことがある。そして、やりたいことがある。じいちゃんが守っていた店を継ぐ。じいちゃんの友人に会う。その目的を果たすためにここまで来たんだ。後悔なんてしてられない。  どれくらい、揺られていただろう。うとうとと微睡んでいた思考を無理矢理起こす。目をこすって、運転席を覗いた。車はもうすでに、止まっている。  運転席には、一枚のメモ用紙。 『ぐっすり寝てて、起こすの可哀想だったので、ちょっと買い物してくるわね。鍵は、この紙の下にあるから、ちゃんと持っててちょうだい』  叔母さん、すいません。心の中で謝罪し、車から降りる。鍵を閉めて、気づいた。 「虹、かかってるなぁ」
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