7.モノクローム・クロック

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 その後、この子はわたしの家に住んでいる。きっと、春になったらいなくなってしまうんだろうけど。 「お姉さん、聞いてる?」 「あ、なに?」  口をとがらせる兎々。回想していたら、目の前の兎々の存在を忘れてしまっていた。 「僕が寒がりなのは、あなたのせいだって話」 「そんな理不尽な。まぁ、たしかにわたしは寒がりだけど」 「だから、僕も寒がりなんだって。あなたが寒がりだから、僕も寒がり。でも、暖かすぎると溶けちゃうからって。溶けちゃうのが怖いから、寒がりでいいって、寒くていいって我慢しちゃう」  悲しそうに言って窓の外に目をやる兎々。この子は相変わらず寒そうだ。…… わたしが寒がりじゃなくなったら、暖かくなるのも怖くなくなったら、兎々も寒くなくなるだろうか。それ以前に、変わることができるだろうか、わたしは。 兎々が言うように、寒がりで弱虫で、泣き虫なわたしが。きっと、途中で逃げてしまうだろう。眼を逸らしてしまうだろう。  そうだ、締め切りまであと一週間ほどある。短編集の話を、全部書き直そう。七つの物語を書いて、わたしは自分を縛ろう。逃げられないように、逃げ出さないように。  まずは、兎々の話がいい。それと、近所の本屋さんをモデルにしたお話。この間戻ってきていた彼は、本屋を継ぐのだと噂で聞いた。それなら、わたしの高校時代をもとに繋げてもいいかも。そのとき彼がどう思っていたのかを想像してみても面白い。この気持ちを忘れないように。タイトルは、そうだ。まるでモノクロみたいなわたしの寒空。そしてこの時計屋。モノクロの時計。白黒の記憶。  ああ、兎々はまだ寒そうだ。これを書きあげたら、彼のもとへ行こう。あの時は逃げ出してしまったけれど、もう逃げないと決めたから。  ねえ、わたしは決めたよ。ハッピーエンドが好きだったあなたに、会いに行く。
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