2.恋するアヒルの子

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 『その時私は思った。赤い糸は、運命そのものなのかもしれないと。目に見えないけれど、確かに自分と誰かを繋いでいる。たとえばそれが目に見える物だったとしたら、物語はなんてつまらないものになるだろう』 そこまで読んだ時、わたしは唐突に分厚い表紙を閉じた。もう何度と読んだか知れない、愛しい物語のつまった本を撫でる。立ち上がってその本を抱き、棚に近づいた。  ここは、この高校の図書室。広くて蔵書も多いのに、いつも人の気配がなく、閑散としている。立ち寄るのはごく少数の生徒と、たまに来る教師だけ。基本的にわたしだけしか居ない、とても居心地のいい場所。  とはいえ、わたしは別に根暗でもなんでもない。友達は多い方だし、人付き合いも苦手じゃない。ただ、本が好きなだけだ。そこを除けば、ごくごく平均的な一般女子に過ぎない。 「ここの本も、あらかた読んじゃったかなぁ」  気に入っていたミステリ文庫の棚に、そっと視線を巡らせた。もう見慣れてしまった題名たちに、自然と笑みがこぼれる。 「え、ここの本、全部読んだの?」  唐突だった。肩越しに人が動く気配がする。全く気が付いていなかったわたしは、なるべく自然な動作を心がけて、声のした方を見やる。ほんのりと甘い香りがした。なんだろう、これは、焼き立てのアップルパイのような……シナモンだろうか。 「ねえ、全部読んだの?」  重ねて聞いてくる。低い声。たしか、同じクラスの男子だ。  沈黙が降りる。そこで、はたと気が付く。 「え、あっ! 全部じゃないよ。ここって言うのは」 そして、取り繕うように、さきほどの棚を指差す。 「この棚の本って意味だから」 不自然な間にならなかっただろうか。物語にふけっていたため、まだ頭がぼんやりしているようだ。しっかりしなくては。相手に不愉快な思いをさせてしまう。 「なるほど」
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