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わたしはふと思い立って、昨日、彼が本を戻した棚に歩み寄った。そして、本を一冊抜き取る。そこは記憶の通り、童話や昔話が揃っている棚だった。彼が読んでいたのも、その中の一冊だ。
「グリム童話……」
そういえば、今日も本を持って図書室から出て行ったっけ。なんとなく、そのページをぱらぱらとめくる。ふと、ページの間に何かが挟み込んであるのに気が付いた。手に取ってみると、小さい紙切れだった。開くと、小さな文字が一文だけ。
『あんたが童話を読んでるとこ、見たことない』
「たしかに……そうだなぁ」
ミステリや、ファンタジーの棚は、もう全て読破してしまったが、童話の棚はまったく手を付けていない。
「オススメ、してくれたのかな」
呟いて、気が付く。なんで、わたしがこの本を開くと思ったのだろう。なんで、ページをめくるとわかったのだろう。考え込んでいると、後ろから声が響いた。
「やっぱり、ね」
面白がるような、笑みを含んだ声音。独特の柔らかさを持つ声が、足音とともに近づいてくるのが分かった。
「童話、キライじゃないよね?」
そして、心配そうに問われる。
「うん、嫌いじゃないよ。あんまり、読んだことないけど」
「なら、読んでみて」
笑顔で返され、またメモらしき紙を渡される。受け取った瞬間、ふっと、シナモンのいい香りがした。
「これは?」
「童話の中でも、俺のオススメの話」
悪戯っぽく笑うと、こう続ける。
「……ハッピーエンドで終わる話って、いいと思うんだよね、俺」
この人、好きな本の話になると、こんなに表情が変わるんだ。視線が逸らせずにいると、彼がふと笑みを消した。
「あんたもでしょ?」
「え?」
思わず、聞き返す。
「ハッピーエンド。それが一番じゃん?」
開いたままの窓から風が吹き込む。シナモンの甘い香りが広がる。彼の言葉が聞こえる。
わたしは笑顔でうなずいた。
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