第1章

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2月、まだ凍えるような寒さが外出をすれば体感できるほどの時期に、俺は相変わらず店番をしていた。街の大通りに面している八百屋である。野菜だけでなく、リンゴやブドウ、梨なども並んでいる。それらに目をやりながら、できるだけ見栄えがよく見えるように数ミリ単位で向きを変えたり、値段の書かれている紙でできたポップの位置を前後させてみたりする。全体的に見ても、どれもおいしく見えるように、最大限の工夫をしなければならない。たとえどんなに寒くても。 この八百屋で働くようになったのは、父が死んでからというもの。さすがに60歳の母親1人に任せるのは、いくらダメ人間の俺もできなかった。簡単そうには見えるが、実際はトラックの荷台から段ボールで運ばれてくる野菜、果物を店頭に並べたりするだけでかなりの重労働なのだ。それを子供のときから父親の仕事を見てきた俺にとって、どんなに面倒くさくてやりたくない仕事なのか身をもって知っていた。だからこそ母親1人にはかわいそうだと、カラオケ店のバイトを辞め、この八百屋で働き始めた。 そろそろ1年になるが、1年中大変だ。野菜の滞る時期などないし、野菜ほど需要のある食べ物はないんじゃないかと思うほど、売れ行きもかなりのものだった。それだけに休み間もなければ、ほかのことに関心を寄せている暇もなかった。1年間でどれだけマジメな人間になれたことか。 夜の8時。客も途絶えてきて、そろそろ店を閉めるために商品に網をかけ、店のシャッターを下ろすことにした。シャッターを閉めると、店の右側にある小さな駐車場の隅に置いてあった自転車に乗り、家に戻った。自転車を走らせると、冷たい空気が顔を切る。マフラーを目深に顔をうずめるようにし、自転車をこいだ。 店から自転車で10分ほど。住んでいるアパートの前まで来ると、自転車を駐輪場に停め、ジーンズのポケットから財布を取り出すと、中に入っている自宅のカギを手に取った。アパートの階段を上り、3階の305号室の前でカギをドアに差し込み、中に入った。 一瞬、視線の先にあるものが夢の中というか、浮世離れした世界に引き込まれたような感覚に襲われた。 冷蔵庫の横に、顔がネコ、首から下が生身の人間という、化け物が横たわっていた。
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