第1章 帰郷

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売らなきゃよかったな。 手元に残った80円を眺めて、後悔した。 もっとも、それがまだ良心的だったことをそのときの私は知らない。 それは発売されてすぐの新刊だったから、その価格だったけれど。 1年も過ぎたものは、10円程度にしかならないことをさらに後で思い知る。 まったく、利益率はどれだけよ? 呆れたようなため息をつきながら、100円コーナーを見るともなしに眺めて、外に出た。 バスを待つ間、携帯をかばんから出して、着信を確認する。 同じ名前が並んだ履歴を一瞥して、目を閉じる。 そして、相手の登録を消去した。 ボタンひとつで断ち切れるとは思わないが。 儀式的に必要なものだったのかもしれない。 携帯みたいに、記憶ごと全部消去できたらいいのに。 やってきたバスに乗り込み、心地よい振動に揺られる。 ―――――― 帰ってきたんだな。 今にも雨が降ってきそうな曇り空と、同じ色をした川を見つめながら、これからのことを考えていた。
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