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「そういえば、教会のミサに一度も顔を出さないねえ」
「若い娘が夜な夜な伯爵夫人を訪ねているっていうじゃないか」
「吸血鬼かもしれないよ」
「ありゃあ吸血鬼に違いない」
そんな噂は、シャナンの耳にもすぐ届いた。
伯爵夫人は確かに人を惹きつける美しさがある。でも、吸血鬼だなんて。村の者ではないから、異質なものがあるからって、排除しようとしている。異邦人だった母も、そうやって辛い思いをしたに違いない。
「シャナン、聞いていますか?」
パウル・バートリ神父に声をかけられ、シャナンはスープをすくっていたスプーンを、危うく落としそうになった。
「ごめんなさい」
「やれやれ、私達の大事な結婚式のことですよ? ぼんやりして、何を考えていたんです」
碧眼の青年、パウル・バートリ神父が小首を傾げて微笑んだ。キャンドルに照らされた黄金色の髪が優しく揺れる。
今夜は、フィアンセであるパウル神父を館に招いての晩餐だった。
養父母のエアラッハ男爵夫妻も、心配そうにシャナンの方を見ている。
エッカルトザウ伯爵の愛人の子である自分を、優しく受け入れてくれたエアラッハ男爵夫妻を裏切ることはできない。シャナンは品の良い笑顔を作り、「なんでもありません」と答えた。
パウル・バートリ神父は、穏やかでとても優しい。村の女性が憧れる容姿。村人の信望も厚く、非の打ち所のない青年だ。その青年がシャナンを見初めたのだ。エアラッハ男爵は、たいそう喜び、一も二もなく承諾した。シャナンはといえば、こんな境遇の自分を、妻にしようという物好きが現れるとは思えず、結婚は諦めていた。だから、この話が持ち上がり、養父母が大喜びしている姿を見て、あっさりと受けたのだった。だが、それはそれで幸せだった。カルンシュタイン伯爵夫人に出会うまでは。
今はもう、伯爵夫人のことしか頭になかった。日増しに強くなる想い。否定しても、どうあがいても、恋焦がれてしまう。叶わぬ想いとわかっても、消し去ることはできない。心に深く刻み込まれた伯爵夫人の姿が、頭から離れないのだ。
「シャナン、あなた、エッカルトザウ伯爵の城を訪ねたと聞きましたよ。まさか、あのカルンシュタイン伯爵夫人に会ったのではないでしょうね」
こっそりと館を出たのに。使用人が告げ口したに違いない。嘘をついても無駄だろう。シャナンは正直に答えた。
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