第1章

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「お義母様、心配なさらないで。伯爵夫人が東欧からいらしたと聞き、もしや母をご存知ではと思い、お話を聞きたかっただけです」 「子がいない私達にはあなたは宝なのよ。何でもお話してほしいわ」 「不満があるわけではありません。ただ、私を産んでくれた母は、どんな人なのだろうと気になって」 「それで最近、使用人にも色々訊いていたのね」 「ごめんなさい」 「謝らなくてもいいのですよ。私も詳しいことは知らないのです。前にも言ったように、東欧から来た美しい踊り子を伯爵が見初め、まもなくあなたを身ごもったお母様は、離れた街で、ひそかにあなたを産み、その直後に亡くなったと……」  全てはエッカルトザウ伯爵しか知らないのだ。母の名さえもわからない。赤ん坊を連れ帰った伯爵は、すぐにこの養父母に授けたのだ。シャナンは色々と訊いて歩いたが、誰一人としてそれ以上のことを知る者はいなかった。 「どんな理由であれ、魔女だ吸血鬼だなどといわれるような人物とは、もうかかわるのはよしなさい。お前はもうすぐ花嫁になるのだからな。変な噂が立つと――」 「あの方のことを悪くいわないで!」  思わず、シャナンは養父の言葉を遮ってしまった。気まずい空気が流れた。伯爵夫人への悪口が耐えられず、つい、声を荒げてしまった。養父母の動揺した顔。シャナンはすぐさま後悔して俯いた。 「そうですね。根も葉もない噂かもしれません。人のことを悪く言うべきではない」  バートリ神父が穏やかな笑みを崩さぬまま静かに諭した。 「ええ、そうですわね」  養母も笑顔に戻り、「お義父様もあなたのことが心配なのよ」と、付け加えた。  晩餐は和やかに終わり、結婚式の日取りは七日後と取り決められた。もう後戻りはできない。  自室に戻ったシャナンは、窓辺にたたずみ、窓を開けた。一気に冷気が流れ込み、足元から冷えていく。このまま、心臓も凍えてしまえばいい。そうしたら、時は流れない。自分の胸の中に、あの方の面影を刻んで、誰のものにもならずに済む。 「私、今何を……」  刹那に湧き上がった考えが恐ろしくなり、シャナンはよろけて窓の桟に寄りかかった。カルンシュタイン伯爵夫人とはほんの数時間会っただけなのに。それに、想ってくれるどころか、興味さえ示してくれない相手に、こんなにも思いつめてしまうなんて。 ため息をつき、見上げた蒼い闇夜には、満月がすっきりと姿を見せていた。
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