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それは、カルンシュタイン伯爵夫人だった。
どうしてそんな姿で、こんな時間に? シャナンは意外な再会に言葉が出なかった。
「帰りなさい」
黙っているシャナンに、伯爵夫人は容赦なく冷たい言葉を吐いた。
「帰りません」
それでもひるまず、自分でも意外に思うほどシャナンはきっぱりと言い返していた。傍にいたい、その一心だった。
「……ならば、城の者を呼ぶぞ。誰か――」
「いや!」
シャナンは、咄嗟にカルンシュタイン伯爵夫人の背に両手を巻きつけ、その唇を唇でふさいだ。
「無礼な!」
伯爵夫人は、意図しないシャナンの行動に驚き、咄嗟に、片手でシャナンをはねのけた。
「うっ」
シャナンは弾き飛ばされ、廊下の壁に背中を強打した。
「すまぬ。どこか痛くしたか?」
小さくうめいたシャナンに、伯爵夫人は駆け寄り、背中をさすった。
「痛い……」
背骨がずきんと脈を打っている。シャナンは痛みに顔をしかめた。
伯爵夫人は無表情のままひょいとシャナンを抱き上げ、自分の寝室へと軽々と運び、シャナンをうつぶせにベッドへ寝かせて、手早く背中をはだけさせると、冷やした濡れタオルを背中に当ててくれた。
「こうすると痛みが和らぐ」
ずきずきと痛む背中に、冷たいタオルが心地よかった。
「骨は折れていないようだが、お前の背中を赤く腫らしてしまった。すまぬ。力の加減をしきれなかった」
伯爵夫人は狼狽した様子で、再び謝った。
されるがままになりながら、シャナンは今起こったことを反芻していた。伯爵夫人は片手でちょいとシャナンを押しのけただけなのだ。なのに、シャナンは背中を壁に強打した。あの細腕にどんな力があるというのだろう。だが、不思議と恐ろしさは沸き起こらなかった。シャナンは伯爵夫人の腕をじっと見つめた。優しく包み込むように抱きかかえてくれたあの腕。さっきまであの腕に……。その光景を頭に思い浮かべただけで、シャナンは動悸した。人間離れした力さえも、魅力的なものに思えるのだった。
「仕方がない。今夜はここで眠るがよい。私は別の部屋で寝る。明日の朝、館まで送らせよう」
「行かないで」
シャナンは伯爵夫人の袖の裾をつかんでいた。
離れたくないその一心で伯爵夫人を見つめた。
「ここに、いてくれませんか」
「一人では眠れぬというのか」
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