第1章

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 それは、カルンシュタイン伯爵夫人だった。  どうしてそんな姿で、こんな時間に? シャナンは意外な再会に言葉が出なかった。 「帰りなさい」  黙っているシャナンに、伯爵夫人は容赦なく冷たい言葉を吐いた。 「帰りません」  それでもひるまず、自分でも意外に思うほどシャナンはきっぱりと言い返していた。傍にいたい、その一心だった。 「……ならば、城の者を呼ぶぞ。誰か――」 「いや!」  シャナンは、咄嗟にカルンシュタイン伯爵夫人の背に両手を巻きつけ、その唇を唇でふさいだ。 「無礼な!」  伯爵夫人は、意図しないシャナンの行動に驚き、咄嗟に、片手でシャナンをはねのけた。 「うっ」 シャナンは弾き飛ばされ、廊下の壁に背中を強打した。 「すまぬ。どこか痛くしたか?」  小さくうめいたシャナンに、伯爵夫人は駆け寄り、背中をさすった。 「痛い……」  背骨がずきんと脈を打っている。シャナンは痛みに顔をしかめた。 伯爵夫人は無表情のままひょいとシャナンを抱き上げ、自分の寝室へと軽々と運び、シャナンをうつぶせにベッドへ寝かせて、手早く背中をはだけさせると、冷やした濡れタオルを背中に当ててくれた。 「こうすると痛みが和らぐ」  ずきずきと痛む背中に、冷たいタオルが心地よかった。 「骨は折れていないようだが、お前の背中を赤く腫らしてしまった。すまぬ。力の加減をしきれなかった」  伯爵夫人は狼狽した様子で、再び謝った。  されるがままになりながら、シャナンは今起こったことを反芻していた。伯爵夫人は片手でちょいとシャナンを押しのけただけなのだ。なのに、シャナンは背中を壁に強打した。あの細腕にどんな力があるというのだろう。だが、不思議と恐ろしさは沸き起こらなかった。シャナンは伯爵夫人の腕をじっと見つめた。優しく包み込むように抱きかかえてくれたあの腕。さっきまであの腕に……。その光景を頭に思い浮かべただけで、シャナンは動悸した。人間離れした力さえも、魅力的なものに思えるのだった。 「仕方がない。今夜はここで眠るがよい。私は別の部屋で寝る。明日の朝、館まで送らせよう」 「行かないで」  シャナンは伯爵夫人の袖の裾をつかんでいた。 離れたくないその一心で伯爵夫人を見つめた。 「ここに、いてくれませんか」 「一人では眠れぬというのか」
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