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そう言って伯爵夫人は小さくため息を漏らした。瞳の怪しい光はいつの間にか消え、目を伏せて肩を落としたその姿は、悲しみに満ちていた。伯爵夫人はそれを隠すようにシャナンに背を向け、ベッドサイドの窓辺に立った。
伯爵夫人の弱々しい姿は意外で、シャナンの心を捉えるのに充分だった。背中の痛みも忘れ、シャナンはベッドから起き上がって体を乗り出した。
「母をよく知っているのでしょう? 恋人だった、そうなんでしょう?」
「違う」
「だったら、私に顔を向けて言ってください」
シャナンは立ち上がり、伯爵夫人の背中に手をかけた。
「私に触れるな」
強く払いのけられたシャナンは、よろけてベッドに座り込んだ。
「済まぬ。今夜の私はどうかしている。力の制御ができぬようだ。私に近寄るな」
「嫌です」
背中がずきずきと痛み、顔をしかめながらも、シャナンは引き下がろうとしなかった。
「これ以上お前に付き合うことはできぬ。私は別の部屋で休む」
「嫌、嫌です! あなたを、愛しています」
部屋を出て行こうとした伯爵夫人に、シャナンは無我夢中で背後から抱きついた。薔薇の甘い香りが、シャナンを酔わせた。
駄々をこねる子供のようにはた迷惑な行動だという自覚はあったが、今夜はどうしても伯爵夫人と一緒にいたかった。今を逃すと、明日にはいなくなり、一生会えないのではという思いにシャナンは支配されていた。
この人を離したくない。離れたくない。
「止めなさい」
シャナンの腕を優しく振りほどこうとする伯爵夫人の瞳は虚ろで、シャナンを通して別の誰かを見ている感じがした。
「その顔でそのようなことを口にするな」
伯爵夫人がうめくように呟いたと同時に、シャナンの意識は遠のき、「伯爵……」と、言葉を途切れさせて伯爵夫人の腕の中で急にだらりと体をのけぞらせた。
「シャナン、私をこれ以上惑わさないでおくれ」
意識のなくなったシャナンを、伯爵夫人はいとしむように両腕で包み込み、抱擁した。
「声までも、瓜二つ。情熱的なところも……」
バタン!
穏やかな時間を切り裂くように、突如、部屋の扉が激しく音を立てて開け放たれた。
そこには、パウル・バートリが怒りにうち震えて立ち尽くしていたのだった。
「悪魔め! シャナンから手を離すのだ!」
復讐
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