第1章

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自分とそう変わらない歳のようなのに、伯爵夫人は何故母を知っているのか。あの寂しそうな微笑は何だったのか。考えても、到底見当のつくことではなかった。 それ以来、伯爵夫人の影を帯びた優しい眼差しが、シャナンの心に深く刻まれ、焼きついて離れないのだった。 それが恋だとは、その時、まだ恋を知らなかったシャナンには知るすべがなかった。その恋に気付いた時には、呪われた運命を背負って生きるしか道はなかったのだった。   女神 「今宵は先約があるのだが。私の色香に迷ったか」 カルンシュタイン伯爵夫人はそう言って、シャナンにさげすむような視線を向け、くすりと笑った。 城に招かれてから一週間後の夕刻、シャナンはカルンシュタイン伯爵夫人を再び訪ねた。自分でも何故訪ねたのかよくわからないままに、ふらりと足が城へ向いたのだった。だが、出迎えたのは、伯爵夫人の意地悪い一言だった。門前払いではなく、わざわざ部屋へ通されたシャナンは、伯爵夫人から直に断りの返事をされたのだ。 会えないのであれば、使用人にそう伝言することで済むものを。 からかわれている、シャナンはそう思った。屈辱で顔が高潮した。だが、言い返せない。伯爵夫人が言った通りだと、ようやく自覚し始めていたから。 この一週間、伯爵夫人のことを想わない日はなかった。シャナンは何も言い返せずに俯いたまま立っていた。 扉が半開きになっている続きの間から、ベッドのきしむ音が聞こえてきた。 誰かいる。シャナンは続きの間へ目を走らせた。 「もう用は済みましたの?」  奥の部屋から、細い声が伯爵夫人に早く戻って来いと催促した。若い娘の声だ。 「今行く」と、伯爵夫人は声の方へ返事をしてから、シャナンに向き直り、「悪いが、そういうことだ」と、声のトーンを落として、事務的な口調で続けた。 早く立ち去れ。そう言われているのだ。シャナンは伯爵夫人が迷惑顔でこちらを見ているのではないかと思うと、視線を合わせられず、伯爵夫人の胸元辺りに視線を落としていた。伯爵夫人のローブの襟足が少しはだけているのが目に入る。髪も心持ち乱れていた。つい今しがたまで奥の寝所で行われていたことを想像し、シャナンは赤面した。 伯爵夫人のそういった噂も耳にしていたのだが、こうして見せつけられると、辛い。落ち着けと自分に言い聞かせても、衝撃が強すぎて、顔のほてりも、早まった鼓動も治まってくれなかった。
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