第1章

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 カルンシュタイン伯爵夫人は人を惹きつける魅力がある。魅力という言葉では片付けられないほど、強く惹きつけられてしまう何かがある。一度会うと再び会いたくなり、見ているだけでは物足りず、声を聞き、触れ、ついには自分のものにしたくなる。麻薬のように、次から次と溺れていくのだ。自分は絶対に大丈夫だと思っていたのに、シャナンもまたそれを実感していた。同性だということは、何の障害にもなっていなかった。それどころか、寝所の奥にいる娘が妬ましくさえ思った。  伯爵夫人に見とれているシャナンを残し、伯爵夫人はふいと背を向けて寝所へ戻ろうとした。 「会わないといわれたのに……ごめんなさい」  シャナンは、少しでも側にいたい一心で、伯爵夫人に声をかけた。その言葉を聞いた伯爵夫人は、足を止めて振り返った。 「私が謝るべきなのだ。混乱させたな」  優しいけれど寂しげな笑みを浮かべ、伯爵夫人はシャナンを見つめた。シャナンは頬が上気しているのを自覚した。嬉しかった。ただ、その視線を独り占めしていたいと思った。だが、次の瞬間には再び奈落の底へと突き落とされたのだった。 「もうここへは来るな」  伯爵夫人からかすかな笑みも消え、シャナンに冷たい言葉が返された。シャナンの顔が凍りつく。暖炉の火は赤々と燃えて暖かいはずなのに、その一言で、シャナンは凍てついた外へと放り出されたように、体の芯が冷えていった。 一度会ったら、もうそれで用はないというの。かけらも興味がない存在だったのか。 少しでも振り向いてほしい。シャナンは必死だった。 「一つだけ教えてください。母とはどこでお会いしたのでしょうか」  伯爵夫人は一瞬困惑した顔を見せ、「忘れた」とはき捨てるように言い、逃げるように寝所へと姿を消した。  母と伯爵夫人はどういう知り合いだったのだろう。自分のこともそんな風に気に留めてほしい。シャナンは伯爵夫人の思い出の中にいる母をも羨んでいた。シャナンは館に帰った後も、伯爵夫人の困惑顔が頭から離れず、母と伯爵夫人の過去を知りたくて、いても立ってもいられなかった。  そんな折、この小さな村にある噂が立っていた。  村の娘が吸血鬼に襲われた、と。 「娘の首に、牙のような痕が残っていたらしいよ」 「何が起こったのか、覚えていないって」 「そういやあ、エッカルトザウ伯爵家に滞在中のカルンシュタイン伯爵夫人は、昼日中、出歩かないそうだ」
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