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――あの馬鹿、まさか……。
瞬時に思い至るのは、先刻自分がこの教室に入った後教師から紡がれた言葉。
即ち、何者かにランドの門が吹き飛ばされるという衝撃的な内容。
普段の生徒達ならば、それに身体を硬直させていた事だろう。だが、ライトの美しさを前にしたせいか――彼等には些末な出来事として片付けられたらしい。
教師も充分に教室の喧騒を理解していたせいか、敢えて強くは言及せずにいた。尤も、その教師ですらライトに鼻の下を伸ばしていたのだが。
この時点で、彼女は気付くべきだったのかもしれない。
いくら絶世の美女が編入してきたとはいえ、危機感の少ない生徒はおろか、教師ですらも色に惑わされているという異常に。
こんな事は――日常茶飯事。
ライトがそう実感するのは、ほんの少しばかり先の話ではあるのだが――
――初日も初日……しかも、一時間も経たずにやらかしてくれたじゃない……?
今の少女には、そんな所にまで至る余裕はなかった。緑髪の少女の胸元を見て、頬を緩ませるスーを見れば苛立ちも募る。
恋愛感情など欠片も抱いてはいないが、何やら自分の肢体と比較しているであろう事は見てとれた。更に、開幕早々あんな騒ぎを起こしたとなれば――
――これも避けられない位に日和ってたら、死んでも構わないけど?
刹那。
ライトは周囲を囲むクラスメイト達の誰にも気付かれることなく、近くにあった鋏へと白魚のような指を伸ばす。
そして、投擲。
信じられない速度で投げられた刃先は、スーの即頭部へと吸い込まれるように放たれたのだが――――
結局のところ、少年の脳に鋭い刃先が沈む事はなく。誰の肉も抉らずに済んだ。
これは幸福と呼べるのだろうか? 誰も傷付かず、少なくとも誰の血も流れないという状況は幸せと評せるのか?
ライトの信じていた世界が壊れ、砕け散ったとしても。目の前の現実を見て、少女の立っていたと信じていたステージが崩壊したとしても――
それは本当に幸せと呼べるのだろうか?
ライトの全身は、氷漬けにされたかのように動かない。全く今の状況が、現実が飲み込めない。
そもそも、だ。
確かに自分はスー目掛けて、鋏を投擲した筈だ。しかし、それはスーの周囲にあの緑髪少女以外の存在が無かったからである。
ならば、スーの背後で鋏を弄ぶ男は――何時からいた?
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