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先刻までいやでも脳裏に浮かんでいた、心を支配していた男の顔が、目の前にある。
自分の常識と世界を、何の気なしに覆した男――ドラグ・フォーリス。
目を合わせる事もままならない。思考に空白が生じ、ライトは額から流れる汗も拭えなかった。
クラス中――果ては、ランドのほとんどの異性から、一日にして絶大な興味を得る彼女である。普通の男子生徒ならば、その恥じらいに、逆に頬を染めていただろう。
しかし、絶世の美少女を前にしているというにも関わらず、ドラグは一切気後れしていない。頬を染める所か、冷たい眼差しをライトに向けている。
「ここは男子寮だ」
――は、はわわわわわわぁぁぁぁ……。
「早く消えろ」
――ふわああああああああぁぁぁぁ……。
これまでの人生で、一度たりとも、消えろなどと投げかけられた事が無いライト。あるのは、羨望と嫉妬、そして、畏怖ばかり。
最早、ドラグが何を言っているのかも理解出来ず、金魚のように口を開閉させていたのだが――
「……面倒な」
突如として、ドラグが苛立たしげに舌打ちを鳴らす。その動作すら、混乱しきったライトには認識できずにいた。
そして、ライトは更なる混乱に陥る羽目になる。
――………………ッッッ?!!
最初に感じたのは、奇妙な浮遊感。宙に浮いたような感覚に、ライトは全身を強張らせた。
次に違和感を覚えたのは――鼻孔をくすぐる匂い。どこか包容力を思わせる香りは、決して自分から発せられるものではない。
ならば、一体自分はどうしたというのだろうか? 何が起きたというのか?
突然の出来事に、思わず目を瞑ってしまったライトだったが――やがて、瞼を恐る恐る開く。
「ぇ……」
「アレは、案外嫉妬深い女だからな。俺がお前と話しているのを見れば、何かしら面倒な騒ぎを起こすかもしれん」
視界に広がるのは、スーの部屋と構造は大差ない空間。
生徒寮にしては、些か充分すぎる程のスペースを兼ね備えた室内。簡素を極めた家具の小ささが、より一層その感を際立たせる。
だが、ライトが小さな悲鳴を挙げたのは、ドラグの声音が背後から響いたからではなかった。
この空間に満ちた匂いは、先刻自分が包まれていた匂いと同じである。
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