星蛇

20/21

792人が本棚に入れています
本棚に追加
/29ページ
先刻までいやでも脳裏に浮かんでいた、心を支配していた男の顔が、目の前にある。 自分の常識と世界を、何の気なしに覆した男――ドラグ・フォーリス。 目を合わせる事もままならない。思考に空白が生じ、ライトは額から流れる汗も拭えなかった。 クラス中――果ては、ランドのほとんどの異性から、一日にして絶大な興味を得る彼女である。普通の男子生徒ならば、その恥じらいに、逆に頬を染めていただろう。 しかし、絶世の美少女を前にしているというにも関わらず、ドラグは一切気後れしていない。頬を染める所か、冷たい眼差しをライトに向けている。 「ここは男子寮だ」 ――は、はわわわわわわぁぁぁぁ……。 「早く消えろ」 ――ふわああああああああぁぁぁぁ……。 これまでの人生で、一度たりとも、消えろなどと投げかけられた事が無いライト。あるのは、羨望と嫉妬、そして、畏怖ばかり。 最早、ドラグが何を言っているのかも理解出来ず、金魚のように口を開閉させていたのだが―― 「……面倒な」 突如として、ドラグが苛立たしげに舌打ちを鳴らす。その動作すら、混乱しきったライトには認識できずにいた。 そして、ライトは更なる混乱に陥る羽目になる。 ――………………ッッッ?!! 最初に感じたのは、奇妙な浮遊感。宙に浮いたような感覚に、ライトは全身を強張らせた。 次に違和感を覚えたのは――鼻孔をくすぐる匂い。どこか包容力を思わせる香りは、決して自分から発せられるものではない。 ならば、一体自分はどうしたというのだろうか? 何が起きたというのか? 突然の出来事に、思わず目を瞑ってしまったライトだったが――やがて、瞼を恐る恐る開く。 「ぇ……」 「アレは、案外嫉妬深い女だからな。俺がお前と話しているのを見れば、何かしら面倒な騒ぎを起こすかもしれん」 視界に広がるのは、スーの部屋と構造は大差ない空間。 生徒寮にしては、些か充分すぎる程のスペースを兼ね備えた室内。簡素を極めた家具の小ささが、より一層その感を際立たせる。 だが、ライトが小さな悲鳴を挙げたのは、ドラグの声音が背後から響いたからではなかった。 この空間に満ちた匂いは、先刻自分が包まれていた匂いと同じである。
/29ページ

最初のコメントを投稿しよう!

792人が本棚に入れています
本棚に追加