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とは言っても、少女の表情からは恐れや不安の色は全く見られなかった。だが、自分の方があの少年よりも強いかと問われれば、間違いなく首を横に振るだろう。
恐らく、あの少年は力を全く出し切っていない。
精々三割も出ていれば、いい方であろう。しかし、それでも――少女の顔には余裕そうな笑みが。
「ねぇ、殺されちゃうかな? 私。まっずいね、マジで」
「……」
「だんまりかよ……折角偵察行ってやったんだろ? もうちょっと感謝してくれって……ほら、火」
少女は笑みを浮かべたまま、相対する影に唇を突き出した。キスを要求しているようにも見えるが、彼女の口には一本の細長い煙草が。
影はそれを黙って見つめる。しばらく沈黙が続いたが、その影は――少女の唇から煙草を奪い去り、自分の口元に持っていく。
「あ、あははは……凄い恥ずかしいな、おい」
顔を真っ赤に染める少女。
言葉遣いは粗暴の一言に尽きるが、こんな所は年齢以上に初心らしい。
しかし、影はそんな少女の様子すらさして気にすることは無く――ただ紫煙を纏わせるだけだ。その瞳に圧倒的な虚無を浮かべながら。
少女はその瞳を見て、僅かに顔を伏せた。
自分が愛するこの男は――何も変わらない。きっと何を見ても、何があろうと変わることは無い。
人を愛する心はあるのだろう。優しい心とて持っている。されど、並び立つ人間はきっとこの先表れる事は無い。
故に、少女――サンは微笑んむ。例え自分が影と共に生きれずとも、何時いかなる時も離れないと思いながら。
「オイオイ、何ボケッとしてんだ。それ私の煙草だぞ?」
「……んあ? 嘘だろ」
「嘘だろじゃねえよ、このボケ!! 編入生君を見て私より先に私の部屋に転がり込んで来たのはどこのどいつだっての……そんなに期待してたんかよ」
「…………」
「期待するなよ……もう私はお前のそんな顔見たくないぞ……ドラグ」
少女は微笑みながら、無理して造り上げた笑顔をドラグに向けた。自分の言葉がどれだけ少年の心を抉るのか知っていても――期待が失望に変わる瞬間が一番痛いことを知っていたから。
この物語は――つまらない最強を語るだけ。
つまらない、つまらない彼の青春時代を描いた――ただそれだけの物語。
ドラグ・フォーリスの物語。
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