第1章

2/7
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/35ページ
電車の中は蒸し暑かった。弱冷房車と書いてあるから乗ったにもかかわらず冷房は全く効いていない。走ってきたせいで汗がじわりと体からわいてくるのがわかり、さらに気持ち悪い。隣のサラリーマンも暑そうだった。しかしその男は上着を脱がずスマホをいじりゲームに興じている。 そのゲームは先日私の会社から配信されたものだった。正直なところ汗の滴るその男に近づきたくなかったがゲームのプレイ状況は押さえておきたかった。これもマーケティング業務の一環だと自分に言い聞かせる。男に顔を近づける。汗と衣服の臭いが押し寄せる。同様に男の方には私の匂いが漂っているのだろう。男が気付いた。だが、私の興味がその男の手元のディスプレイにあるとは思っていない。私の急な接近に、我を忘れているようだ。気があると思われて、声をかけられたらどうしようという心配もあったが、仕事と割りきってスマホを見続けた。  男はゲーム序盤のチュートリアルと呼ばれる練習プレイを終えたところだった。ここでゲームの説明や操作方法がレクチャーされる。ここをクリアしたということは、この男はこのゲームに興味を持っているということになる。それなりにこの男にとってハマる何かがあったということだ。そこまで分析したところで、私の降りる駅に電車が着いた。
/35ページ

最初のコメントを投稿しよう!