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入り口脇の集合ポストを開けると、ピザ屋の広告や不動産の広告などに混じって、風俗店のチラシが数枚入っていた。
「天使のような女の子達が、初回限定、このお値段で!デート代より断然お得!」
目に入ったその文言にカッときて、力いっぱい握りつぶしポスト横のゴミ箱に叩き込む。なんだかチラシにまで馬鹿にされている気分だった。
オートロックを空けエレベーターへと向かう。健治の部屋は302号室だ。夜のエレベーターは一際モーター音が大きく聞こえる。たった3階までが妙に長い。
エレベーターから降りると、身体を引きずるように自分の部屋に向かい部屋の鍵を開けた。キィッという音と共にドアを開くと、誰もいない部屋が健治を出迎える。
一人暮らしで良かった、と健治は思った。誰かと顔を合わせたら、自分が泣いているのがばれてしまいそうだったから。
部屋の玄関はしばらく通路の蛍光灯に照らされていたが、そのままドアが閉まっていき、やがて暗がりになる。代わりにリビングの窓を通して漏れてくる光が、廊下と玄関をぼうっと青白く照らした。
健治は電気もつけずに寝室、兼PC部屋まで歩いていって、そのままベッドに倒れこんだ。布団を掴んで頭からがばっと被る。
「くそっ!」
声が漏れないよう、その中で叫ぶ。本当はどこか人のいない所にいって思いっきり叫びたい気分だった。でもこんなマンションじゃ無理だ。
フラストレーションを抱えながら叫んだせいか、健治の気分は全く晴れなかった。
―やはり、幸せなんて夢見るからいけないのだ。
健治はそう思った。なまじっか幸せな暮らしを期待するから傷つくことになるのだ。
恋愛も結婚も自分には縁がないのだと思う。なにせ恋愛の入り口でこのありさまだ。付き合って、あまつさえ結婚なんて考えた日には、恐ろしいほどにいろんな思惑がぶつかり合い、お互いが激しく傷つくことだろう。
人生は辛いことばかりだと思った。現実は怖いものだ、そう思った。
仕事も、恋愛も、誰かとぶつかり合わなきゃ始まらない。
その事実にぞっとした。他人と関わるのが堪らなく負担に思えた。現実が怖い。人付き合いが怖い。夢を抱いて飛び込んでみても、弾き返されて痛い目に逢うだけだ。
分からない。他人が分からない。好きになりたいのに、好きになって欲しいのに。俺にはその方法が分からない。
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