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(来た)
指定時間を大幅に遅れたことを無かったことのように無視し、彼女は集中力を限界まで研ぎ澄ますと引鉄に指を掛けた。
スコープに映るのは車が速度を落とし、狙撃地点であるホテルのエントランスで止まる時。
高級な外車であろう車の助手席と両後部座席が開き、三人の黒服の男たちが黒い傘を持って下車した時。
傘を開いた男たちが、エントランス側の後部座席扉に集まり、でっぷりと肉を付けただらしのない体格をした和服の男が車から降りてくるのを迎えた瞬間。
「……ぱぁん」
指に力を込め、無意識にそう呟くとともに引鉄を引いた。
弾丸は銃身先端に取り付けられた消音器のおかげで大きな音を立てずに放たれ、足場に銃を固定していたおかげで反動も少なく、彼女の思い描く通りの軌跡を走る。
大雨となった空気中と吹き荒ぶ強風をものともせずに一直線にビルとビルの間を走った弾丸は、標的との距離を一瞬のうちに詰めると、吸い込まれるように標的の頭部に命中し、そのまま威力を殺す事なく脳内に侵入してかき混ぜ壊す。
そして反対側から脳組織、脳漿、血液、頭蓋骨等を従えて頭部半分を吹き飛ばしながら脱出すると、大理石で出来たタイルの床にその身をめり込ませて役目を終えた。
彼女はスコープ越しに赤い花を咲かせながら倒れる標的と、呆然としながらそれを眺める黒い服の男たち、そしてホテルの従業員であろう男性が慌てふためく姿を眺めた後、今頃阿鼻叫喚となっているその場を想像しながら手早く後片付けを済ませて身を翻した。
「くしゅんっ…あぁ、シャワー浴びたいわね…」
長時間俯せになり、雨と風に打たれて冷えて固まった体をほぐしながら『関係者以外立ち入り』とプレートに書かれたドアを小さなくしゃみとともに開けると、一度振り返ってからドアの向こうに消えていった。
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