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彼女は深夜なりかけの時間、誰もいなくなった鉄塔内部を監視カメラの死角を縫うように地上に降りた後、大雨の中ライフルケースを背に人目に付きにくい路地裏を選んで歩いていく。
遠くに聞こえるサイレンの音を耳にし、狭い路地裏を進んでいると、黒い傘をさした黒服の男性が物陰から姿を現した。
一見すると先程撃ち殺した標的の傍にいた男たちと同じようにも見えるが、彼は彼女の姿を見るとにこやかに表情を崩し、彼女もまた彼の前で歩みを止めた。
「いや、この天候の中でお疲れ様でしたねぇ『アルテミスさん』。本日の仕事の首尾はいかがでしたか?」
「ターゲットの行動に時間の遅れはあれど仕事は順調、特に問題なくターゲットの排除に成功したわ。あと、その恥ずかしい呼び方…ホントやめてくれないかしら」
ふん、と鼻を鳴らすアルテミスと呼ばれた女性に、男性は胡散臭い笑みを顔に貼り付けながら「いやいや…」と首を横に振った。
「僕はピッタリだと思いますがねぇ、その呼び方。ギリシャ神話における月と狩猟の女神アルテミス。貴女のその暗殺技術と持ちうる美貌は世界における殺し屋でもトップクラスですから…。まぁ、でも『闇の淑女』や『死神令嬢』もお似合いですよ、香深(カフカ)さん?」
「…いいから、早いとこ報酬を渡しなさい。そろそろいい加減に寒いのよ」
そう言いながら笑う男性に対した嫌悪感と、雨で冷えた体温に体を振るわせると、カフカは不快感を隠す事なく口を開く。
そして既に下着まで濡れきっているであろう着衣を不快そうに軽く持ち上げながら催促した。
その時闇夜を切り裂く稲光が走り、二人が立つ暗い路地裏を瞬間照らし出した。
整った顔立ちにスラリと長い四肢と女性らしい身体つき、雨の滴る濡れ羽色の黒髪はハーフアップにされ、稲妻に照らされて輝く緑色の瞳は強い意思を感じられる。
彼は(あぁ…本当にアルテミスが名前負けしていませんねぇ…)と思いながら、着ていたコートの胸ポケットから厚さ10センチ程の封筒を取り出した。
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