本番だよ!~試験と実技と補習授業~②

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「どけ」 心臓が鋭い刃物で突き刺された。 そう思わせられるほどに鋭利な視線に射ぬかれたグランツ教官は、息をするのも忘れてただ立ち尽くすのみだった。 濃金の青年が静かに一歩歩みを進める。 自らは学院長である不老の魔女、クローシェ・マルクト=ジークリンデとほぼ同期間、学院で職務に勤めてきた老練の魔法使いである。 長い時間の果てに身体は老い、かつての全盛期からはほど遠いほどに衰えたという自覚はあったが、未だに数いる教官達を含め、自身を上回る技量を持つ存在は少ないだろうという自負はあった。 「……ま…」 また一歩青年が歩みを進め、肩を掠めそうな距離の隣に並ぶ。 思えば、シュバイツァーは入学してきた当初から優秀であった。 学業は座学と戦闘学両方を修め、当然家柄も血筋も申し分なく、加えてそのまま絵画に描かれそうなほどに整った容姿を持っていた彼は、誰の目にも全てを持って生まれた存在と映ったらしい。 だが、グランツ教官はそうは思えなかった。 確かにあらゆる点がずば抜けて優秀過ぎると言えるほどのキースであったが、時折彼が醸し出す重い雰囲気、瞳の奥に秘め湛える黒い感情、そしてなにより聞く者を震え上がらせる氷のように冷えきった声色が、年老いた彼を一つの感覚が襲った。 「……」 彼は、確かに全てを持っている。 しかし彼は唯一と言える大切なもの、すなわち全てだったものを失ったのではないかと。 それに気が付いてからは、グランツ教官はキースを見守った。 幼なじみであるレイナスとケイトとの確執を聞き、キースの行いを聞いてもなお、彼は壊れかけた人形のような青年を見守り続けていた。 だが、見守っていてもまだ見えなかった本当の深淵。 青年を復讐者として成立させるほどに重く濁った感情は老練の魔法使いたる自分でも見抜く事はできなかったのである。 濃金の青年が離れていく。 「待て」というたった一言が口から出ず、気付けなかった積年の怨念。 自分は果たして何を見ていたのかーーー? グランツ教官は、己の無力さに手を握り締めた。
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