第1章

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「俺…今回の作品、お前じゃなくて俺自身を造ることで、すごく自分の気持ちがわかったんだ」 「自分の気持ち?」 「うん。俺がどれだけ彫刻の、塑像の道を進みたいと思っているか。どれだけ貴弘を必要としているか…痛いくらい感じた」 「………」 「自画像ってね。…怖いんだよ。深い意味で自分と向き合うから。うわべの造形が似てる似てないじゃない。自分の核になるものを引っ張り出すんだ。それがどんなに意地汚い部分であっても、厭らしい部分であっても。そうしないと本当の自画像は造れない…」 「長谷川さん…」 「ホンネ言うとね。今回の作品もまだまだ自分の核まで行けてない。自画像は何度でもやれって良く言われるんだけど。ホントにそうだね、とても一度や二度で描写しきれるもんじゃないよ」 俺は彼に回していた腕を緩め、横になるように促した。彼は軽く頷いて横になると俺の腕を枕にして、再び話し始めた。 「でも…俺の核にまで貴弘が染み込んでるのは事実だよ」 「染み込んでるって…」 「その表現が一番なんだよ。俺を形成してる骨や肉に浸透してるって感じ。で、核ってのが心の奥深く…かな」 「ずっと…一緒に居たからかな」 「ずっと…想っていたからだよ」 長谷川さんの手が俺の頬を撫でる。指先のツルツルした感触に制作で指紋が擦り切れたのだとわかる。 「その人を想ってるときってさ…自分の中にその人が居るんだよ。そしてそこから身体中に染みわたって行くんだ」 「飲んだ水が吸収される感じ?」 「んー…イメージで言うと、心にインクを垂らして身も心も染まってく感じ」 「…なるほど」 「今回の作品。最初は自画像だけにする気は無かったんだ…。でもあの人に会って…一瞬でも心が揺らいだ自分が許せなくて。自分自身を見つめ直す意味で、今回は時間いっぱい自分の核について考えた」 「…それで?」 「それで…あの作品が出来上がった。タイトル覚えてるか?」 長谷川さんの作品のタイトル…。 「あっ見てない!」 「………見てない?」 「いや。ちょうど黒部に話しかけられて、そんで」 「黒部に? …なんで?」 「いや…なんでって」 訝しげに見上げてくる長谷川さんの怒気に嫉妬が含まれているのをこそばゆく感じながらも形勢は不利なままだ。何しろ俺はタイトルを見ていない。 「ふーん。俺の作品より黒部と話すほうに夢中だったわけだ?」
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