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タンタンタンタン……。
聞こえるのは船のエンジン音と波の音。
「潮風が清々しいですねぇ、天音さん」
のほほんとした表情で風に吹かれて男は口にする。少し長めの黒髪に細めの目、弧を描く口元にその表情は穏やかだ。
「そうですか? 別段何も感じませんが?」
そして、彼の隣にいる女は無表情のままそう答えた。ストレートの黒髪が風に流れる。黒目がちな瞳は全く彼女の気持ちを見せないがその顔立ちは綺麗としか言いようがない。
「そう言えば天音さん、船初めてじゃないですか? もっと嬉しそうに」
「伝馬船なら乗ったことあります」
「……そう、ですか」
彼はそう答えて、また潮風を思いっきり吸い込んだ。
「うーん、気持ちいいです! 何か良いことが起こりそうな予感が」
「お客さん、着いたけぇ降りんさい」
渡し船の船長の声に天音と呼ばれた女はスタスタと船を下り、彼もまた「あざーす」と船を下りた。
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