2.どちら

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 通学路には学校に着くまでに三つの信号機があった。彼はゲンを担ぐ方だったのか、全ての信号を止まることなく通過出来れば、その日一日は良い日になる、と密かに思っていた。そして今までの中学校生活では一度も青信号一色で通過出来たことはなかった。下校の時ですらなかった。一つでも赤信号があれば、持ち前の暗さで何か悪いことがあるのではないか、とクヨクヨするのが、ほとんど彼の日課になっていた。  しかし今日は違った。一つ目の信号を青で抜けられた時から、何となく感触があった。今日は行ける、という根拠のない感触だ。これは多分に彼の今の高揚感から来ているものなのだけれど、その感触は当たる。二つ目の信号も楽々と通り抜け、三つ目の信号も走っている途中から青に切り替わる。 やった! 初めて青で渡り切ることが出来た。やっぱり今日の僕はついている。今日は神様に選ばれた最良の日なのだ、と思いながら信号を渡っている途中、トラックが突っ込んできた。 彼の意識は即座に暗転し、二度と戻ることはなかった。 実に気の毒な話だ。意気揚々と学校に向かっている途中に死亡。これは何と言っても悲劇だ。誰がどう見ても不幸。中島俊之は不運で不幸な中学生でしたで終わることだろう。そう、話はまだ終わらない。彼の人生は終わってしまったが、話は続く。今彼がこの世にいなかったとしても、お話の中では彼は生きている。  ここで非常に気になるのが、彼の朝の行動である。容姿に無頓着な彼が何故かこの日だけ鏡に向かっている。普段は朝が弱い彼が元気よく挨拶をしたかと思えば、ご飯もおかわり。彼は死を予測していたのだろうか。もし、していたら学校に行くことを止めていただろう。では何故か。ここで勿体ぶっても仕方がないので話を進めよう。時間は昨日の放課後に遡る。 中島俊之にとって昨日と今日と明日の違いは日付が変わり曜日が変わるだけである。それくらい、彼は無味乾燥な毎日を送っていた。これで日記の宿題でも出れば、彼は毎日白紙を書き込むことになるだろう。それくらい何でもない一日だった。つまらなくてかけがえのない日常だった。
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