2.どちら

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 そんな彼の日常が一変する出来事が起こった。家に帰ろうと下駄箱にある靴を取りだそうとすると、靴の上に何かが乗っていた。訝しみながら手に取る彼。それは便箋だった。便箋は淡い水玉模様でいかにもな代物だった。  いかにもな、恋文だった。  中島俊之の心臓は跳びあがる。変な汗をかく。周囲をきょろきょろと見まわす。慌てて玄関から自転車置き場まで行き、心を落ち着かせる。とりあえず荷物を自分の自転車のカゴの中に入れ、深呼吸をする。一向に息が整う気配がない。それもそのはずで、彼は今まさに夢心地だった。これは夢なんじゃないかと何度も何度も頬をつねった。痛い。物凄く痛い。痛くても痛くてもつねった。どうしてもこれが現実だと上手く受け入れることが出来なかったからだ。モテ期など都市伝説で、女の子に好いてもらうなんて、突如能力に目覚めて世界の平和を守るために悪を討つ旅に出ることになるくらいあり得ないことだと思っていたので、これがノンフィクションだと自分に言い聞かせるのに多くの時間を費やした。  ゆっくりと、手紙を取り出す。手汗をズボンで拭いながら、震える指で手紙を広げる。  そこに書かれている文面はまさしく恋文でまさにラブレターで。夢にまで見た明日の放課後に教室で待っていてください、だった。同じ呼び出しでも教師に呼ばれるのとはわけが違う。何もかもが違う。文字はいかにもな丸文字で、可愛く見せようと試行錯誤している様が頭に浮かぶ。僕の為に書かれた手紙。彼はそれを穴があくほど読んだ。読み返した。暗唱できるまで読み込んだ。  そうして意気揚々な彼、興奮しきって人生の絶頂を迎えているような中島俊之が出来たのである。  彼は帰宅後、自分の部屋でも何回も手紙を読みなおし、自分の妄想の産物でないことを確認した。何度も確認した。それから、一体手紙の書き主は誰だろうという想像で頭の中をいっぱいにした。もちろん想像だから、妄想だから、挙がる候補は跳びあがるほどの美人ばかりである。学校でも有名な可愛い女の子である。
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