2.どちら

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 もし、中島俊之が三つ目の信号を無事に渡れていたら。つまり、トラックに轢かれずに、生きていたとしたら。彼はどうなっていたのだろうか。  無事に学校に着いた中島俊之は、逸る気持ちを抑えて自転車を止め、自分の教室へと向かう。どうしてか教室へ行くのに早足になってしまう。何が待っているわけでもないのに。いや、待ってはいる。彼の人生の中で初めての薔薇色が。中島個人としては薔薇なんて自分には不相応だからチューリップでいいや。彼は無意味なことを考える。考えるが、考えることなど無意味なくらいがちょうどいい。放課後に待ち受けている歓びに浸るには、始業前ではまだ早い。そうやって、無駄な考えに、意味のない想像をしている時が最も自分らしくいられて、最も平和な時間だったと思うことになるだろう。  どの授業も手に着かない。でもそれは彼にとっては無理もないことである。時計とのにらめっこ。負けるのは決まって自分。つい、妄想してしまうからだ。想像してしまうからだ。どんな言葉を掛けられるのだろう。僕は何て答えるのだろう。そもそも、一体誰なのだろう。教室を見渡したい気持ちをなんとか抑える。もしかしたらこの瞬間、自分のことを見つめているかもしれないのだ。それで相手が分かってしまえば、放課後へのモチベーションが下がってしまう。いや、下がるなんて失礼か。下がるんじゃなくて、ソワソワ、そう、ソワソワが。ソワソワが止まらなくて、いても立ってもいられなくなってしまう。  中島は休み時間の度に横目で隣の席の子を見る。隣の彼女。初見玲奈さん。中島の想い人だ。果てのない片想いだと思っていたけれど、もしかしたら彼女だという可能性だってあるのだ。  というより、彼女くらいしか当てはまらないのではないか。初見さんは誰にでも優しい。こんな僕にも挨拶してくれる。たまに忘れ物をすれば一緒に教科書を見ることもある。僕は自分のことをアピールなんてしてきたことがない。いつだって受動的だ。
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