2.どちら

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 中島俊之は自分の死に場所を自宅と決めていた。彼は自分の家で首をくくろうと思っていた。彼はやる気に満ちていた。死ぬ気がなければ生きられない、というほど、疲弊していた。  彼は学校帰りに、散々罵られ辱められ殴られ蹴られ嘲りを受けた帰りに、ホームセンターに寄った。無論、死ぬためである。  そこで彼は手ごろなロープと鋏を買う。鋏を買ったのは、レジに出した時に店員にロープの購入理由を聞かれたらどうしようか、という対策である。もちろん、店員に購入理由など一々聞かれたりはしない。聞くわけがない。それでも彼はそう思った。そう思いたかった。心のどこかでは、誰かに自殺を止めてほしいと思っていたのかもしれない。  そしてその思いは、通じる。  店から出る時に、初見玲奈とすれ違ったのだ。そのことに中島は気付かない。しかし初見玲奈は気付いた。気付いて、声を掛けようとして、躊躇った。自責の念に駆られたからだ。彼女は中島がいじめられていることを知っている。教師も知っている。クラスのみんなが知っている。全員にとっての共通事項だった。そのことを彼女は気にしていた。気に病んでいた。気に病んで、止めたいと思っていた。だけれど、その勇気がない。どうしても「もう止めようよ」の一言が出ない。止めさせなければ同じいじめ加害者である。初見玲奈はそう思っている。思ってはいたが、行動には出られなかった。  何故なら中島の前は初見がいじめられていたからだ。そのいじめの内容は中島とは比較にならないほど陰湿なものだった。彼女がよく忘れ物をしたのは、彼女達三人衆が、初見の持ち物を捨てるなり持ち去ったりごみ箱に入れるなりしたからだった。  その恐怖が彼女にはあった。もちろん中島が受けているいじめの方がずっと酷い。でももし、いじめを止めるように言ったら、今度は自分が同じ目に遭うことになるかもしれない。中島への嫌がらせの中には、思わず目をそむけたくなるような暴力的なものがあった。見ることを強要された性的なものもあった。それが、自分に降りかかってくる。それを思うと身が竦む。その場に立っていられなくなる。自分の想像でそこまで怖いのに、中島君は実際にそのいじめを受けている。私はそれを見ている。毎日見ている。見ているのなら、いじめているのと同じ。
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