1.わかれ

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「ごめんね」  あなたは謝る。いつも謝る。その度に私は言う。謝ることなんかないよ。だいたい、何を謝っているの。そう訊ねると決まってあなたは困ったような顔をする。うーんと唸って、眉を顰めたり目じりを下げたり、その端に涙の雫を溜める。私はその涙は見なかったことにする。いつもそうしている。あなたは果たして気付いているのだろうか。私が気付かない振りをしていることを。 そろそろそんな見て見ぬふりも終わりにしようかな。涙の理由を教えなさい。私だったらそんな涙、すぐに乾かしてあげるんだから。  だから訊ねた。ねえ、どうして泣く準備をしているの?  そして訊ねた瞬間、これはいけないんだ、と思った。どんなにいけなくても発した言葉は巻き戻し出来なくて、それだから言葉は解けゆく氷の結晶のように儚くて、砂糖菓子のように甘くて、冷めたコーヒーみたいに苦い。 「ごめん。本当に、ごめんね」  私の髪に触れる。あなたがいつも褒めてくれる黒髪。褒めてくれるからその分手入れも大変で、だけれどあなたが褒めてくれるのなら少しも苦じゃなくて。  あなたの温かい手はいつだって私の髪を優しく撫でる。触れた部分はどうしようもなくこそばゆくなって、ぎゅっと抱きしめたくなる。いつだったか抱きしめようとした時、あなたは慌てて私から離れたでしょ? あの時は、いくらびっくりしたからと言ってもまるで避けたみたいだったから、私かなり凹んだんだよ。ねえ、知ってた? 私、傷ついたの。あなたは嫌いでしょ。私が傷つくの。
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