2.どちら

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 中島俊之は交通事故で亡くなる。信号無視のトラックに轢かれるわけだ。即死だ。即ということは一瞬というわけだから痛みを感じる暇もなかったかもしれない。不幸中の幸いというわけだ。だったら幸福か。そうじゃないそうじゃない。話はまだ始まったばかりだ。ようやくスタート地点だ。  まずは彼の最後の一日について話していこう。物事は順序良くというわけだ。  その日、中島俊之は早起きをする。いつもの起床時間より一時間も早かった。これは何も死期を察してというわけではない。何となく早起きの日だったというわけでもなく、中々寝付けなかった上での早起きだった。要はまともに眠れなかった。眠れなかったけれど、眠気なんざどこにもない。彼は興奮していた。詳しく言えば、昨日の帰りからの高揚感が、今日の朝も持続していた。その高揚感の正体は後ほど話すけれど、中島俊之は浮かれていた。もう、人生の絶頂なんじゃないかと思うほど浮足立っていた。  二階の自室から階下のリビングにまで、自然と鼻唄を奏でてしまう。それだけでなく普段は寝ぐせも気にしない無頓着が洗面所の前で鏡とにらめっこまで始めてしまう。朝ごはんだって、一口手をつけられたら良い方だというのが、おかわりまでしまう。これには母親だって驚く。父親だって驚く。余裕を持ってご飯を食べながら数分に一回は上の空で微笑んで見せる。かと思えば、溌剌とした笑顔で、今日の天気の良さを喜んでみたり、学校に入りたての小学生並みの、元気いっぱいのおはよう! を何度も投げかけたりする。さすがの両親も驚きだけでなく気味の悪さを覚え、何か悪い物でも食べたのかと心配するけれど、昨日は家族全員同じ物を食べている。
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