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なんでこの人が、何のために、と思考がぐるぐる回ってなおさら混乱した。
そんな俺を知ってか知らずか黒岡先輩はしっかりと俺の口を塞いで、何を考えているのか分からない瞳で俺を見下ろす。
しかも無言。怖い。
少年は俺の前へと回ってきて、その場にしゃがんだ。
声からしてあの赤髪の、篠宮先輩ではないだろうとは思ったけど。
少年はすごく金髪に近い茶髪で、キューティクルのツヤがはっきりわかるくらいサラッサラの髪。
なんというかすごく女の子顔というか、可愛い系というか、男の娘……いや、なんでもない。
身長は俺と大して変わらないくらいか。
「なに、じっと見ないでくれる。
気持ち悪い」
「っ!」
可愛い顔して言うことが辛辣だし、何より睨む眼光がっ!眼光が鋭い!
妙な気迫にビクビクしながら手も足も出せずにいると、少年の手が俺の方に伸ばされ……俺のセーターの左胸の辺りを掴んだ。
そしてペンを取り出して、ちょうど校章が刺繍してある辺りに顔を近付けた。
刺繍部分にペンを差し込んで……何してるんだ?
「薄暗いからよく見えな……あ、あった」
その声から少し遅れて、微かにカチッという固い音が聞こえた。
「次、生徒証は?
持ってんの?」
「っ」
「答えろっつーの」
口塞がれてるから答えられないんだけど!
心の中でそう叫びながらも、コクコクと必死に頷く。
生徒証は寮を出るときに、確かに制服のズボンのポケットに入れてきた。
俺の返事に少年は不機嫌そうに眉を寄せて、無遠慮にポケットの中をあさり始めた。
生徒証はすぐに見つかって、少年の手の中に。
「確か荒神先輩が弓道場にいましたっけ?」
「ああ」
「じゃあ、別に問題ないですよね」
そんなやり取りの後、更衣室のドアを少し開けて、少年は俺の生徒証を……投げた。
投げたよこの人!?
俺の!生徒証!!
しかもドア閉め直した……!!
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