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自分を落ち着かせるように、少年は深い溜め息を吐く。
「本人の意思を尊重するって泉先輩と約束したじゃないですか……」
「だから脅してないじゃん!
俺は今、ものすごーく丁寧に“お願い”して」
「金銭的な話持ち出してる時点で“お願い”じゃないんですっ」
なんか……終わりの見えない2人の言い合いに、さっきまでの緊張感が完全に失せてしまった。
でも不信感があることには変わりないし、無言で無表情のまま棒立ちしてる黒岡先輩には違和感しかないけど。
どうでもいいから早く解放してほしいっていう気持ちの方が上回ってる。
窓から差し込む陽がだんだん傾いて優しいオレンジ色になってきた。
もう寮に戻って休みたい……いっそ部活見学なんてしない方が良かったんじゃないかとすら思えてくる。
もちろん、後悔したってもう遅い。
初日からこんなことになるなんて本当にツイてないな。
「金なんて些細なことだろーが!
そんなことより菅井くんが他のヤツらにとられるのは嫌、で…………」
「…………、……?」
不自然に訪れた沈黙に、俺の意識は目の前の篠宮先輩に引き戻される。
不意に、俺の手を握る力が強くなった。
「…………」
「……ちょっと、篠宮先輩?」
俺を凝視したままの篠宮先輩に少年が訝しげに声をかけたが、反応はない。
それに、さっきまでは奥底を覗き込むかのように俺の目を見て話していたのに……今は視線が合わない。
俺を見ているようで見ていない気がする。
気味の悪い静寂。
今の今までうるさいくらい喋ってたのに、何?
なんか、怖い。
「……なにそれ」
沈黙を破ったのは、篠宮先輩のやけに低い声だった。
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